窓明かりの群れに揺れる
 抱き寄せられるたびに、
 乱れた呼吸と鼓動が、
 狭い部屋の空気を熱く染めていく。

 「……っ」

 近すぎる距離で混ざり合う息。

 耳元に落ちるかすれた吐息が、
 身体の奥のどこかを、じわじわと溶かしていく。

 隔たりのない空間に、熱く、そしてすべてを包み込む。

 (ああ、だめ……)

 どこが最初で、どこが終わりなのか、
 境目がどんどんわからなくなっていった。

 天井も壁も、光さえ消えていって、
 あるのは擦れ合う鼓動と乱れた呼吸だけ。

 どこまで続いて、どこで終わるのかなんて
 考える隙もない。

 少し緩んだかと思えば、また深く、また激しく、
 強く抱きしめられて、
 ふっと力が抜ける。

 「…ふぅ、っ……」

 少し落ち着いたかと思えば、
 またすぐに、熱がぶり返す。

 ゆるんだ隙間に、
 もう一度、波が押し寄せてくるみたいに。

 肩越しに聞こえる鼓動と、
 絡めた指先に伝わる震えが、
 何度も何度も、同じ高まりの頂点をなぞってくる。

 (終わらなくていい……)

 そんなことを考えてしまう自分が、
 少しだけ怖くて、
 それ以上にどうしようもなく嬉しい。

 言葉にならないため息だけが、
 何度も何度ものどから漏れ出す。


 「あ……っ」


 シーツを握りしめる手に力が入って、
 視界の端がにじんでいく。

 何度も、抱きしめ合って、
 息を整える小さな静けさが訪れて――

 そのたびに、またどちらからともなく、
 重なり合う熱が、ゆっくりと、
 でも確実に戻ってくる。

 時間の感覚はとっくに手放してしまった。
 時計の針も、窓の外の景色も、
 今この部屋の中には存在しない。

 あるのは、
 肌に残るぬくもりと、
 耳の奥でいつまでも鳴り続ける高鳴りだけ。

 (ちゃんと覚えていたいのに――)

 そう願う一方で、
 波のように押し寄せる快い眩暈(めまい)に、
 思考の輪郭がふわりとほどけていく。


 「ん……っ」


 途切れてはまたつながる体温の往復に、
 恵は、何度も何度も翻弄されて、
 気づけば、自分がどこまで声を漏らしているのかさえ
 わからなくなっていた。

 やがて、

 突然、下から全身に広がる熱と、大きな波に、

 何かにつかまるように、全身の力が入る。

 乱れた吐息が、容赦なく口から漏れ出る。


 「いっ……く!」 


 一瞬にして全身が溶けて、ベッドに深く沈み込む

 柔らかな波にからだ全体が浮いているように、
 ふわふわと無意識の世界を漂っている。

 かすかな光がみえ、
 意識が少しずつ体に戻ってくる、

 それは
 重たく、そして、とても、とても甘い疲労感。

 肩で息をしながら、
 達也の胸に額を預ける。

 乱れた鼓動が、
 まだすぐそばで打ち続けているのを確かめながら、
 また恵はそっと目を閉じた。

 (明日になったら、きっと全部、
  夢みたいに薄れてしまう
  この幸せな時間が永遠に続くことが無いと、
  解っている)

 それでもいい――そう自分に言い聞かせて、
 最後にもう一度だけ、
 そのぬくもりに身を委ねた。                              
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