窓明かりの群れに揺れる
 夕方、 

 ホテルを出る頃には、
 風は少し冷たくなっていた。


 「今日のことは、二人だけの秘密ね」


 駅へ向かう途中、
 恵は、冗談めかしてそう言った。

 「私は、もう大丈夫。
  今日で、ちゃんとケリつけられたから」

 そう言って笑う口元は、
 いつものからかうような笑みと
 ほとんど変わらないのに――

 横顔のどこかが、
 張り裂けそうに痛んでいるようにも見えた。

 「春奈ちゃんには、絶対言わない。
  達也くんも、気にしないで。
  ……ほんとに、私は今日だけで、充分だから」

 そう言い残し、
 改札の前で手を振る。

 背中を向けて歩き出した瞬間、
 恵の喉の奥からこぼれそうになった何かは、
 ぎりぎりのところで飲み込まれた。

 (これでいい。これで……)

 そう自分に言い聞かせながら、
 胸の奥で(きし)む痛みをごまかすように、
 疲れ切ったからだを悟られぬように、
 少しだけ歩幅を速めた。
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