これはもはや事故です!
 磯崎はきょとんとした顔で美羽を見てから、ゆっくりと口元を緩めた。

「……それが、甘えか?」

「っ……!」

(やっぱり、ヘタクソかっ)

「い、いえっ、その……練習というか……」

 言い訳をしたけれど、美羽は耳まで熱くなるのが分かる。
 磯崎は小さく息を吐き、立ち上がった。

「はいはい。練習な」

 そう言って、自然な動作でキッチンへ向かう。

「他にもあるぞ。パンも、デザートも」

「えっ……そ、そんなに……」

(餌付けされてる!?)

「遠慮するなって言っただろ」

 背中越しの声は、穏やかで、当たり前みたいだった。

 美羽は、胸の前でそっと手を握る。

(……あ。これ、思ってたより……難しくないかも)

 テーブルに戻ってきた磯崎が、皿を置く。

「ほら」

「……ありがとうございます」

 小さく頭を下げると、磯崎がふっと笑った。

「礼を言われると、逆に落ち着かないな」

「……じゃあ……」

 美羽は少し考えてから、ぽつりと言った。

「……もう少しだけ、ここに居させてください」

 今度は、逃げずに言えた。
 磯崎は一瞬だけ目を瞬かせて、それから、当たり前のように頷く。

「最初から、そのつもりだ」

 その言葉に、美羽の胸が、じんわり温かくなる。

(……甘えるって、特別なことじゃなくて、こういう小さなお願いなのかもしれない)

 美羽はスプーンを持ち直し、少し照れたまま、でも安心した表情で微笑んだ。
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