これはもはや事故です!
 やがて、食事が終わり、美羽はスプーンを置いた。

「私、片付けますね」

「いいよ。まだ、足が完全に治ってるわけじゃないんだ。俺が片付けるよ」

「でも……作ってもらったのに」

 そう言ってうつむく美羽を見て、磯崎がふと思いついたように言う。

「……じゃあさ」

「……はい?」

「その代わり」

 一瞬だけ、磯崎は瞳を悪戯っぽく細めた。

「お礼に、キスしてくれる?」

「っ……!?」

 美羽の思考が、一瞬で真っ白になる。

(き、キス……!?いま……?ここで……?)

 心臓が、耳の奥で鳴る。

 冗談だと分かっているのに、でも、完全に冗談とも言い切れなくて。

「……い、いきなりは……」

 そう言いかけて、口をつぐむ。

(でも……)

 美羽は、ぎゅっとスプーンを握りしめてから、そっと立ち上がった。

「……その……」

 一歩、近づく。

 磯崎は驚いたように目を瞬かせたが、動かなかった。

 美羽は、ギュッと目を閉じる。

 ほんの少し、背伸びをして……。

 ちゅっ♡

 触れたか、触れていないか分からないくらいの距離。

 一瞬で、離れる。

「……っ!」

 顔が一気に熱くなる。

「こ、これ……お礼、です……!」

 逃げるように視線を逸らすと、磯崎が、数秒遅れて息を吐いた。

「……反則だな、それ」

 低く、でも柔らかい声。

 美羽の胸が、どくんと跳ねる。

(……やった。私、がんばった)

 ぎこちないけれど、確かに一歩。
 甘える練習は、確実に、次の段階へ進んでいた。

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