これはもはや事故です!

 美羽がベッドルームに引っ込んでから、しばらくして、磯崎はソファに座ったまま、天井を見上げていた。

(……何やってるんだ、俺)

 さっきまでの光景が、脳裏に勝手に再生される。

 目を閉じて、少し背伸びをして。
 あれ以上ないくらい必死な顔で。
 触れたか触れないかの――あのキス。

 喉が、こくりと鳴った。

(……反則だろ)

 あんなの。
 冗談のつもりで言ったはずなのに。

 クッションに顔を埋める。

「……参ったな」

 声に出してみても、何も解決しない。

 大人の男としては、余裕を持って受け止めたつもりだった。

 ――それなのに。

「反則だろ……」

 胸の奥が、やけに落ち着かない。

(あんな顔、するなよ……)

 照れて、逃げるように視線を逸らして、
 でも、ちゃんと自分から近づいてきた。

 思い出すたび、口元が緩みそうになって、慌てて引き締める。

(……今日はもう、仕事どころじゃないな)

 磯崎は、立ち上がり、キッチンに行くと冷蔵庫を開けた。
 良く冷えたペットボトルを取り出し、グラスに注ぐ。
 頭を冷やすように、一気に飲み干す。
 
 時計を見ると、もう、とっくに寝る時間になっていた。

(……守るって、決めたんだ)

 急がない。
 奪わない。
 彼女が自分で踏み出すまで、待つ。

 そう決めたはずなのに――。

 「好きだ」なんて言葉よりも、
 あの小さなキスの方が、ずっと胸に響いていた。

 磯崎は、静かに息を吐く。

「……今日は、だめだな」

 誰に言うでもなく、苦笑する。

 照れて眠れない夜なんて、何年ぶりだろう。

 それでも、不思議と嫌じゃなかった。

(……おやすみ、美羽さん)

 心の中でそう呟いて、ようやく目を閉じる。

 
< 110 / 132 >

この作品をシェア

pagetop