これはもはや事故です!
 花束を抱えるように、そっと美羽を抱き上げた。
 首に回された腕から、確かな体温が伝わってくる。
 吐息が近くて、胸の奥が、じわりと熱を帯びた。

 リビングから寝室までの距離が、今の磯崎には、もどかしく感じられた。

(……急ぐな)

 そう自分に言い聞かせながら、一歩ずつ足を進める。
 腕の中で、美羽が小さく身じろぐ。

「……重く、ないですか」

 遠慮がちな声に愛おしさが募る。

「大丈夫だ」

 短く答えて、抱える腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
 その動きに、美羽が恥ずかしそうに頬を赤くする。

 寝室に入ると、静かにドアを閉めた。
 外の音が途切れた瞬間、空気が変わる。

 ベッドに下ろすと、磯崎は一度だけ動きを止めた。逃げ道を残すための、ほんの一瞬。

 けれど、美羽は目を逸らさなかった。
 むしろ、そっと、服の端を掴む。

 それだけで、答えは十分だった。

 ベッドに触れる前に、唇が重なる。
 深くはしない。
 確かめるように、ゆっくりと。

 磯崎の手が、美羽の髪を撫で、背中をなぞる。
 触れ方は、これまでよりも、ずっと迷いがない。

 美羽は、小さく息を吐いて、目を閉じた。
 その仕草が、胸に甘く刺さる。

「……無理は、させない」

 囁くような声。

 返事の代わりに、美羽は、もう一度、腕を伸ばした。

 それ以上、言葉は必要なかった。

 スタンドライトの灯りが、静かに二人を照らす。
 世界は、触れ合う体温と、重なる呼吸だけになる。

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