これはもはや事故です!
 車いすのでの移動は、キッチンやトイレへもスムーズだ。
 猫の額ほどの我が家と比べたら、月とスッポン、天国みたい。

「最初は不安だったけど、なんだかんだ言って助かったなぁ……ほんと……」

 ぽつりとつぶやいた瞬間。

「あっ!」

 壁掛け時計が目に入る。
 針はすでに、朝の営業開始時間を過ぎている。

「やばっ、店に欠勤の連絡……してない!!」

 血の気が引き、急いでバッグを探る。
 ソファの近くに置いてあったトートからスマホを取り出し、慌てて店に電話をかける。

『はい、カフェ・ブリオンです』

「あ、あのっ!店長ですか!?高原美羽です!すみません、今日……私、怪我をして、その……」

『高原さん?ああ、大丈夫だよ』

「……え?」

『磯崎さんって方から聞いてるよ。“彼女は昨晩怪我をしたので数日休ませてください”って』

「……っ!!」

 息が一瞬止まる。

『ひどい捻挫だって聞いたけど、大丈夫か?休みの間は気にしなくていいから、ゆっくり治してね』

「は、はい……ありがとうございます……!」

 通話を切った瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。

(……え、そんな……私より先に、店に連絡……?)

 どこまで気が回るんだろう、あの人は。

(……ズルい。ほんと、ズルい……)

 車いすの上で、ひとりぽふっと背にもたれる。
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