これはもはや事故です!
 通り掛かったタクシーを止めた磯崎は、美羽を優しく後部座席へ乗せた。
 美羽の視界の隅には、固まった二人の女性が見える。
 その二人に、磯崎が顔を向けた。

「この責任は取らせるからな、覚えて置けよ」

 沈んだ声が夜気に溶け、磯崎がタクシーに乗り込み、ドアが閉まる。
タクシーは滑らかに車が動き出し、ようやく美羽は息を吐いた。

「はぁ、マジか……関係ないのに巻き込まれた……!」

「悪かった……本当に反省している」

 横を見ると、磯崎が申し訳なさそうに、そしてどこか決意した顔でこちらを見ていた。

「ごめん、美羽さん」

 名前を呼ばれただけなのに、美羽の胸は不思議なほど熱くなる。

(……なんで、そんな苦しそうな顔するの?怪我したのは私なのに……)

 でも、もっと気になることがあった。

「……あの……」

「ん?」

「私の名前……どうして知ってるんですか?」

 ほんの少し間を置いて、磯崎は前を向いたまま静かに答えた。

「毎日、俺が頼む注文を受けてくれてるだろ?」

「そ、それは……お店で……」

「名前だって、店の名札に書いてある」

「あ……そっか……」

お店で働いていても、「オネーサン」と呼ばれることが多くて、名札なんて、わざわざ読む人なんてほとんどいない。

 まして、弁護士事務所の役職付きの人が、1階カフェの店員の名前なんて、普通、覚えてるなんて思わないよね?

 疑問が胸に引っかかったまま、言葉にできずにいると、磯崎が続ける。

「……それに。いつも丁寧にコーヒーを淹れてくれるから」

「え……?」

「……印象に残るんだよ、そういうのは」

 やわらかい声。
 なのに美羽の胸はどきん、と大きく跳ねる。

(や、やめてほしい……そういう言い方……心臓に悪い……)
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