これはもはや事故です!
 美羽はソファに腰を下ろし、そっと足を伸ばすと、クッションをさりげなく差し出される。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 磯崎はキッチンに戻りながら、背中越しに言った。

「でも、何かしてもらうのが苦手って顔、してる」

 図星をつかれた美羽だった。
 誰かの役に立つことで、自分の居場所を確認しながら生きてきた。
 それなのに、ここでは、してもらうばかりで、戸惑ってしまう。 

 スープが温まる音。
 キッチンに立つ磯崎の背中。

 この空間が、やけに静かで、あたたかい。

(……家、だ)

 自分のものじゃないのに。
 それでも、追い出される気配がなくて、ホッとする。

 磯崎がマグにスープを注ぎ、そっとテーブルに置いた。

「熱いから、ゆっくりな」

「……ありがとうございます」

 受け取る指先が、少し震えた。

 飲むと、やさしい味だった。
 派手じゃないけれど、ちゃんと人を気遣う味。

「……美味しい。すごく、美味しいです!」

 素直に言うと、磯崎は少しだけ肩の力を抜いた。

「ヨシ、味見係りのお墨付きがでたぞ」

 その一言に、美羽の胸がまた温かくなる。

(……ここにいていいんだ)

 役に立たなくても。
 何かを返さなくても。

 ただ、甘やかされているだけ。
 それが、ここでは許されている。

 美羽は言葉を心の中でつぶやき、そっと息を吐いた。

< 99 / 132 >

この作品をシェア

pagetop