夫のいない間に
 それでも、一晩中、井戸端さんの最後の言葉が気になって仕方なかった。

 『旦那さん、死ぬ気じゃないんですかね 』

 家を出ていく夫の背中には、確かに声をかけづらい暗さと哀愁が漂っていたけれど。
 はたして、死ぬ気で出ていく人間が、二十万円も引き出す必要があるのか、とも思った。

 死に場所を求めての旅なら、片道の交通費だけで充分じゃない?
 というか、そもそも死ぬ理由なんて。あの人にある?

 「……ないわよ、絶対に」

 余計な心配を煽った井戸端さんを恨んだ。

 身体も、頭もモヤモヤとして眠れない。


 【久しぶり。元気?】

 あの、悟くんのメールには、とうとう返事をしなかった。

 なぜ、あのタイミングで、あんなに好きだった元彼ではなく、ただの同僚だった井戸端さんとの飲みを選択してしまったのか。

 理由は、分かっていた。


 終わったはずの不倫に、また、のめり込むのが嫌だったから。

 自分を見失いそうな恋愛は、身を削る事を知っていたから。






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