すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 黒い短髪はきっちりと整えられており、清潔感に溢れている。目もとは温和な雰囲気だが、今は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。

「そうか。勘違いして大きな声を出して悪かった」

 誤解とはいえ、他人でしかない私を叱ってくれたのは彼の優しさだろう。

「いえ。助けてくださって、ありがとうございます。もう大丈夫なので」

 男性にお礼と別れを告げて一歩を踏み出したが、途端に体が揺らぎ再び支えられる。

「大丈夫じゃないな。そこに病院があるから、ちゃんと診てもらった方がいい」

 連日の暑さで体は怠さが常にあり、加えて大きな心配事もあってここのところ十分に寝られていない。
 私が体調を崩せば、周囲に迷惑をかけてしまう。そう思って、少し無理をしたのが祟ったのかもしれない。
 なんとか自力で立ってはいるものの、足もとはまだおぼつかない。男性の言う通り、医師の診察を受けた方がいいかもしれない。

「すみません。行ってみます」

「ひとりじゃ無理だろ? 俺が連れていくよ。少し触れるが許してほしい」

 有無を言わさない様子で、腰に腕を回して支えられる。
 初対面の異性なのに、ここまでよくしてくれる人に嫌悪感など抱かない。申し訳なさは募る一方だが、そのまま大通りを渡った先にある病院まで連れて行ってもらった。
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