すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 院内はそれほど混み合っておらず、すぐに診察室に呼ばれた。

「疲労が溜まっていますね。貧血もあるかな。しっかりと食事を食べて、十分な睡眠をとってください」

「ありがとうございました」

 診察を終えて、待合室へ戻る。

「どうだった?」

「え?」

 まさか、助けてくれた彼がまだ待ってくれているとは思わなかった。

「えっと、疲労と貧血気味だと……すみません。待っていてくださるとは思わなくて」

「フラフラな状態の君を、おいていくのは心配だ。この後は予定が空いていたし、関わったからにはきちんとタクシーに乗せるところまで見届けるよ」

 彼にとっては面倒事でしかないのに、ここまでしてくれるのは責任感の強い人だからだろう。
 それから薬を受け取ると、彼が呼んでくれたタクシーに乗せられた。

「今日は、本当にありがとうございました。お礼がしたいので、お名前をうかがっても?」

「たいしたことはしていないから、お礼なんて不要だ。それじゃあ」

 タクシーのドアは閉められ、自宅に向けて走り出す。
 五時に会社を出た頃はまだ明るさが残っていたのに、七時を過ぎた今はすっかり暗くなっていた。

 あんなによくしてもらったのに、名前すら教えてもらえなかった。そうため息をつきながら窓に目を向けると、二十六歳にしては疲れの滲む自分の顔が映っていた。

 もとから色白とはいえ、今は顔色が悪く見える。以前は編み込みや髪飾りで小さなオシャレを楽しんでいたセミロングの黒髪も、ここのところはひとつにまとめるだけ。食べても太りにくい細身の体系は、顔色の悪さも手伝って不健康に見えかねない。

「はあ……」

 重く息を吐きだして、目を閉じる。それから、窓に頭をもたせかけた。
 そうしていると、ここ数日の出来事が瞼の裏によみがえってくる。無意識のうちに、眉間に深いしわを寄せていた。
< 3 / 183 >

この作品をシェア

pagetop