すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
* * *

 川島(かわしま)金属機器のこじんまりとした事務所の片隅でパソコンに向かって仕事をしていたところ、激しい咳込みが聞こえて顔を上げる。

 就業時間はとっくに過ぎた事務所内には、事務員として働く私、川村悠里(ゆうり)と父で社長の雄大(雄大)が残っているだけだ。

 少し離れた席で口もとを押さえる父を見て、ここのところずっと抱えてきた不安が大きくなった。

「ちょっと、お父さん。顔色がよくないよ」

 時刻はすでに八時を回っている。この時間にやっている病院なんて、もうないだろう。

「むせただけだから、大丈夫だ。心配かけてすまない。今日はかなり暑かったから、バテ気味かもしれん」

 白い顔をした父が、力なく笑う。

 最近、父は体調の優れない日が続いている。
 今朝はかろうじて野菜ジュースを口にしたのみで出勤して、昼はお腹がすかないからとおにぎり一個で済ませていた。それだって、私が無理やり渡したものだ。

「バテ気味ってだけかなあ……。どこか悪いかもしれないから、ちゃんと病院で診てもらおうよ」

 以前よりも食欲が落ちたせいで、少し痩せた気がする。食べないから体力もなくて、昨夜は自宅内の階段を上っただけで息を切らせていた。
 いつにない猛暑が続いているせいで私も不調気味だが、父の様子はさすがに暑さだけのせいにするには症状が重すぎる気がしてならない。
 規模の小さな町工場といえ、社長を勤める父はいつだって多忙だ。あまり無理はしてほしくないけれど、父にしかできない仕事は多い。
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