すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 父が大変ん状況にあっても、仕事は待ってくれない。
 
「悠里ちゃん、兄さんの調子はどうだった?」

 出勤舌早々に、副社長を務める叔父の哲二に声をかけられて足を止めた。昨日、検査結果を聞く予定だったと彼も知っている。
 父の不在は勿論皆が知っている。ずいぶんと心配してくれているし、なにかと協力を仰ぐこともあるだろう。それなら全体に周知しておくべきだと、朝礼で説明する時間を取ってもらうことにした。

 集まった従業員に向けて、父の病状を説明していく。
 痛ましい顔をする彼らを見ていると、目頭が熱くなる。ところどころ声が震えてしまったが、なんとか伝えられた。

「ということで、悠里ちゃんが見舞いに行きやすいように、皆にはもうしばらく協力してほしい」

「よろしくお願いします」

 叔父の言葉に続いて頭を下げた私に、たくさんの労わりの目が向けられた。
 それからは、家のことを済ませて仕事をこなし、帰りがけに父を見舞う日々が続いた。

『毎日来なくても大丈夫だ』と父は言うけれど、私の気が済まない。
 すっかり体力が落ちていた父も、体を休めることで顔色がよくなったように思う。

 体調も整い、いよいよ手術の日を迎えた。さすがにこの日だけは、仕事を休ませてもらっている。

「諦めの悪さは父さんの長所なんだ」

 そんな言葉を残して、いよいよ父は手術室へ入っていく。
 待っている間、なにも手につかない。とにかく落ち着かなくて、じっと座り続けていることも難しい。当然、持参した本は開いてすらいない。
 ただ父の無事を祈り続ける。その間は飲み物さえ喉を通らず、悶々とした時間が続いた。

 手術時間は三時間前後と言われていたが、父は四時間ほどしてようやく手術室から出てきた。
 ひとまず成功したと、医師から簡単な説明を受けてほっとする。
 ここからは抗がん剤治療が始まり、父にとって辛い日々が続くかもしれない。
 それでも大きな心配がひとつ取り除かれて、気持ちはずいぶん前向きになった。

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