離婚前提のはずが、策士な弁護士が離してくれません。


 同じく部屋着に着替えた宏海がやってきて、涼風家が全員揃った。
 食卓にはじっくり煮込んだビーフシチュー、凪子お気に入りのベーカリーで買った胡桃パン、サラダが並ぶ。
 サラダにかけるドレッシングも六花が手作りしたものだ。


「美味しそう! いただきます」
「いただきます。いつもありがとう、六花ちゃん」
「ええ。いつも助かってるわ」
「いえ、これが私の仕事ですから」


 六花は十年前からこの涼風家で住み込みの家政婦をしている。
 仕事が多忙な夫婦に代わり、家事のすべてを担っている。

 家政婦をすることになったのは、十年前父・貴雪(たかゆき)が亡くなったことがきっかけだった。
 貴雪は糸井工房という家具作りの小さな工場を営んでいた。

 貴雪の技術力は素晴らしく、町工場ながら遠方から遥々貴雪を訪ねるクライアントもあった。
 職人としては唯一無二の技術力を持つ貴雪だが、経営者としては正直向いていなかった。

 お人好しで世話焼きの貴雪は、困っている人を見ると手を差し伸べずにいられない。
 その上頼まれると断れず、安請け合いしてしまいがちだった。

 そのせいで破格の値段で請け負ってしまったり、時に無償で引き受けることもあった。
 技術を安売りしすぎだと難色を示す弟子もいたが、貴雪は笑ってこう言った。


「僕の作った家具で誰かが豊かになれるなら、それだけで充分なんだ。家具はね、生活だけでなく心も豊かにしてくれるんだよ」


 これが貴雪の口癖だった。


< 3 / 115 >

この作品をシェア

pagetop