離婚前提のはずが、策士な弁護士が離してくれません。
意を決して六花は口を開く。既に喉はカラカラに渇いていた。
惺久は六花を見つめ、大きく目を見開く。
「あの日、夏芭の代理でパーティーに参加していました。本当の名前は、糸井六花といいます」
こんなにも自分の名を名乗ることに緊張したことがあっただろうか。
惺久は六花の名を聞くと、更に驚いたように呟いた。
「いとい、りっか……?」
「騙すようなことをして申し訳ございません」
六花は深々と頭を下げた。
「本当は涼風家でお世話になっている家政婦なんです。あの日は行けなくなった夏芭さんの代わりに参加しただけで……。本来はあんな場所に行けるような身分じゃないんです」
要するにあなたには相応しくない、そう言いたかった。
「ですから、この度のお話はなかったことに……」
「待ってください。本当に糸井六花さんなんですか?」
「は、はい」
急にガシッと両肩を掴まれ、六花は驚く。
いや、それ以上に間近で見る惺久の美しさにもっと驚いた。
「俺のこと、覚えてない?」
「えっ?」
思っていなかった反応をされ、今度は六花の方が戸惑う番だった。
覚えてないかというのは、あの夜より以前に惺久に会ったことがあるということなのだろうか。
だがまるで記憶にない。惺久程眉目秀麗な男性に会ったことがあるなら、嫌でも印象に残っているはずだろうが。
「……すみません、何のことでしょうか」