海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第3話 忘川のほとりで

洞窟の外には霧がかかっていて。
ぼんやりとその隙間から⋯川が見えた。緩やかな水流。行き先も見えぬ、幻想的な世界。
静かな、静かな⋯せせらぎ。

「いよいよか」

三途の川を渡る時が来たのか⋯。

やっぱり、船はない。
橋もかかってない。


そりゃあ、清廉潔白に人生歩んでたわけじゃない。
ごく普通に、一般的な人生であった。

小さな嘘はついてしまったことはある。
イタズラが度を越してしまったこともある。
親に反抗したことも、後輩を叱責したことも、友達と喧嘩したことだってある。不用意に怪我をさせてしまったことも。

全て⋯あった気がする。

例えば忘れ物をしたり寝坊したり、挙げたらきりがないほどに、罪を積み上げてきたのかもしれない。
黙って人に従ってればいい訳でもないだろう。正しい行動の選択だったと言えるのは、結果論。事前にわかるのならば、はそりゃあ神の領域。人間には無理筋だ。

【存在するとは、行うことである】哲学者、カント⋯いや、ソクラテスの言葉であったか?
ともかく、人が存在する限り続く行動は、不可抗力も含んだら全く悪がない人なんて⋯いるのだろうか?

はああ、と大きく息を吐いて。
少年の肩へ絡めた腕を、ゆっくりと解く。

「⋯なんだろう?なんか、君は生意気だけど⋯いい子なんだろうな。世話してくれて、ありがとう」

一礼して、くるりと踵を返す。

すると、霧の奥に⋯、凛と佇む秦広王と思わしき人影が見えた。

「ありがとうございました!!」
まるで試合終了後に観客席へ挨拶するかのように⋯勢いよく、深く、深く頭を下げる。

とやかく考えても、もう、進むしかない。
「未だ生を知らず、(いずく)んぞ死を知らん」孔子(こうし)(【論語】より)の言葉を借りて、今世に別れを告げる。

まだこの世に生まれて、たったの19年。
生き方だって分からなかったのに、死後がなんであるかがどうして分かるのだろうか。

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