海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
「⋯干し柿か。いいね。そういえば⋯ずっと何も食べてなかった」

「3日ほどは俺が食べさせてたけどな。ホラ、こっちならすぐにでも食べれるぞ」

そう言って、少年「福」は⋯もう一方の籠を取り寄せると。中から小さな林檎のような果実を手に取って、私にぽいっと投げてきた。

「⋯これは?」縛られたままの両手でキャッチして、馴染みのないそれの匂いを嗅いでみる。

「棗《ナツメ》も知らないのか?」

「これが、ナツメ?」
参鶏湯《サムゲタン》のような薬膳スープに、グラノーラ。干した小さい粒のような姿で出会うことはあったけれど⋯実際の果実を見るのは、これが初めてだった。
「中に種があるから気をつけて」

「⋯ありがとう」
食してみると、シャリ、と音がして。酸味と共に⋯ほのかな甘みを感じる、美味しい果実であった。

「1日に3粒食べると不老になり、若返るらしい」

「⋯アンチエイジング食か。⋯うん、悪くない」
この酸味と甘みのバランスが、癖になる。
もしゃもしゃと食べながら、きっちり3個⋯ご馳走になった。

「礼は要らない。代わりに、お前の履物、もらっておいたから」
(おや、いつの間に?)
まだ小さいのに、ちゃんと対価を貰って奉仕するとは。
流石は狡猾な男の、臣下である。

「⋯⋯。賢いね」

「ここでは知恵を働かせないとな、ずる賢い奴らにすーぐ騙されるぞ」
秦広王の部下だ。その口を割るとも思えないが⋯ひとまず、聞いてみよう。

「⋯⋯?ねえ、ここって一体どこなの?見たところ軍営基地って感じだけど」

「お前さ。やっぱ間者なのか?」

「患者?確かに怪我人だけど。⋯にしては、扱いがおかしくない?」

「⋯⋯。度々訳のわからないことを言って、撹乱させようとしてんのか」

福はナイフを持つ手を、ピタリととめる。
⋯ご機嫌を損ねたら、また秦広王に蔑まれてしまう?

「いえいえ、十分です。卑しい私に、こんなに美味しい食事まで準備してくださるなんて、秦広王はお心が広い。まさに、名君」

「ちゃんと道理がわかってるなら、余計なこと言うな。立場を弁えておけ。お前は人間だろう?年は19で、見た目がこうなら、間違いなさそうだ」

「⋯秦広王に話したこと、聞いていたの?」

「俺は耳がいいからな。言っておくけど、人間ごときにどうこうできる相手じゃないぞ。解ったら大人しくしておけ」

「はい、ごめんなさい」

なんていうかこの子、小学生みたいなのに、どこか部活の先輩的な威圧感があるな。

いやいや、それよりも。人間ごとき、ということは⋯下等生物っていう扱い?待て待て、福は人間ではないの?人間ほど知に長ける生き物なんていないのに?
言語を話し、文明を築いて、世の頂点に⋯ピラミッドの最上階にいるのが、人間では。
生態系ピラミッドのイラストをぼんやりと思い浮かべる。肉食の動物、高次消費者が生態のトップで⋯ええと⋯鷹とか、鷲とか、ライオンとかの絵も描いてあったか?知恵はあっても、人間も野生動物に食べられるからな。頂点とは限らないのか。

「⋯⋯⋯」
(うーん)


< 17 / 83 >

この作品をシェア

pagetop