海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
「⋯気持ちいいな。昼寝したい」
なーんにもすることがない。(することができない)ならば、この心地よい陽射しを浴びながら⋯と、思ったら。

「また寝る気か?いい加減起きろよ」
福がペチン、と額を叩いてくる。

「寝てた?⋯どのくらい?」
「3日ほどだ」

「3日も!」
アスリート魂が、ぎょっとする。
スポーツをしていると、1日の休みだって⋯気になるというのに。

「もったいない⋯」
思わず、そう呟いた。

福は話をしながらも、器用に手を動かし続けている。野いちごのへた取りはいつの間に終えたのだろう。
手元には、立派なたけのこ。
これまた器用に―⋯音を立てて、皮を剥いでいく。

「働き者だねえ⋯まだ小さいのに」
「⋯おま⋯!―⋯まあ、いい。起きたならお前も働けよ」
「どうやって?」

再び、拘束されている手首を上げて、アピールしてみた。
「言っておくけど。タダで飯は食わせないぞ?」
そう言って、少年「福」は⋯もう一方の籠を取り寄せると。中からネギのようなひょろっとした植物を手に取って、私にぽいっと投げてきた。

その【ネギ】の根元に、球根?

「⋯これは?」縛られたままの両手でキャッチして、馴染みのないそれの匂いを嗅いでみる。

「これは―⋯?ぎょ、餃子。ネギ、ニラ⋯ニンニク⋯」

「【野蒜(のびる)】の薄皮くらいなら、指で剥ける」

「のびる、か。了解」

拘束されていると―⋯可動域も、極端に狭い。
爪で薄皮を引っ掛けるにも、なかなか上手くいかなかった。綺麗に剥く、なんて考えないほうがいいな。

発想を、変えよう。
春らしく―⋯、脱皮だ。

私は、球根の根元を爪でぐいっと押し付けると。
小さな音とともに、薄皮に割れ目が入ったことを確認する。
これを、指の腹で―⋯押して。
パリっと中身が浮き見えてきたら。そのまま⋯スライディーング。

つるっと出てきた、白い実。

「ヨシ」
小さく拳を作って、小さな達成感を味わうと⋯次々とそれをこなしていった。


「なかなか匂いが強いな。野いちごで指先真っ赤だし、なかなかエグい状況だ。―⋯福、ありがとう。何かしていた方が、気が紛れていい」

「そうか?俺はずっとお前の世話してて―⋯そろそろ休みたいくらいだけど」

「ずっと側にいてくれたの?⋯ありがとう」

「礼は要らない。代わりに、お前の履物、もらっておいたから」
(おや、私のトレシューを?)
まだ小さいのに、ちゃんと対価を貰って奉仕するとは。
流石は狡猾な男の、臣下である。

「⋯⋯。賢いね」

「ここでは知恵を働かせないとな、ずる賢い奴らにすーぐ騙されるぞ」
秦広王の部下だ。その口を割るとも思えないが⋯ひとまず、聞いてみよう。

「⋯⋯?ねえ、ここって一体どこなの?見たところ軍営基地って感じだけど」

「お前さ。やっぱ間者(かんじゃ)(※スパイ)なのか?」

「患者?確かに怪我人だけど。⋯にしては、扱いがおかしくない?」

「⋯⋯。度々訳のわからないことを言って、撹乱させようとしてんのか」

福はナイフを持つ手を、ピタリととめる。
⋯ご機嫌を損ねたら、また秦広王に蔑まれてしまう?

「いえいえ、十分です。卑しい私に、こんなに美味しい食事まで準備してくださるなんて、秦広王はお心が広い。まさに、名君」

「ちゃんと道理がわかってるなら、余計なこと言うな。立場を弁えておけ。お前は人間だろう?年は19で、見た目がこうなら、間違いなさそうだ」

「⋯秦広王に話したこと、聞いていたの?」

「俺は耳がいいからな。言っておくけど、人間ごときにどうこうできる相手じゃないぞ。解ったら大人しくしておけ」

「はい、ごめんなさい」

なんていうかこの子、小学生みたいなのに、どこか部活の先輩的な威圧感があるな。

いやいや、それよりも。人間ごとき、ということは⋯下等生物っていう扱い?待て待て、福は人間ではないの?人間ほど知に長ける生き物なんていないのに?
言語を話し、文明を築いて、世の頂点に⋯ピラミッドの最上階にいるのが、人間では。
生態系ピラミッドのイラストをぼんやりと思い浮かべる。肉食の動物、高次消費者が生態のトップで⋯ええと⋯鷹とか、鷲とか、ライオンとかの絵も描いてあったか?知恵はあっても、人間も野生動物に食べられるからな。頂点とは限らないのか。

「⋯⋯⋯」
(うーん)


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