海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
ゆっくりと、注意深く周囲を見渡してみる。
森を切り拓いて設けた陣営ってところか。
きっと、敵にバレないよう隠密にされた場所だろう。ああ、スマホが恋しい。位置情報で一発だろうに。

(⋯⋯無理か)

電波とか衛星とか無線とか。
どう考えても、その存在は無であろう。

画面一つで解決する世界は、なんて簡単で便利だったのだろう。


この世界にいる以上、福という少年が言うように、知恵を張り巡らせないと、足元をすくわれそうだ。
「ところで、さっき3日ほど世話してくれたと言ったよね。なぜそんなに⋯」

「言っただろう?重傷を負っていた、と。塞ぎはしたものの、回復した訳じゃない。まだ動き回っては駄目だ」

「⋯⋯⋯」
痛くも⋯ないのに?

「お前を1人にできないからな。だから、連れて来たんだ」

「そっか。それは⋯ありがとう?」

「大人しくしておけ。ここを出たら、誰に見つかるかもわからない」

「そもそも、ここって⋯何ていう国なの?」

「⋯⋯くに?なんだそれ。ここがどこかを聞いてるのか」

「⋯⋯?そう」

有昧(ゆうまい)だ」

「【ユウマイ】⋯?」
聞いたことがないな。いずれにせよ、服装的にも古代的な雰囲気だし―⋯知らなくて当然か。

「貴方たちの天皇とか、国王は?」

「てんのう⋯こくおう⋯ってなんだ?」

「いない国なの?―⋯わかった、主は?」

「この地を治めるのは、有昧后(ゆうまいこう)だ。中原に座する()(こう)を宗主として仰いでいるけどな」




中原(ちゅうげん)に、()、と言った?今」

言葉に出して、私はそこで⋯ハッとする。

知っている。
私の知識の中で、唯一該当する⋯国。

「ここが⋯夏《か》王朝で、禹王《うおう》であると?」

「⋯⋯⋯?」

()って、治水を成功させた、あの有名な?」

「知ってるじゃないか」

「夏王朝は実在したのか、未だ議論されているっていうのに?」

「⋯⋯?煩い奴だな。とにかくここは、中原から北西部にある方国【有昧(ゆうまい)】。この辺境を訪れる者はあまりいない、というのに⋯なぜ無知な人間が入り込んだんだ?」

「ゆうまい。そう⋯。ありがとう、教えてくれて」

つまり、だ。
ここは中国で最も古い王朝。研究が進み、やはり実在したのではないかと⋯そう認識され出した王朝。
本当にあったのかも分からない、まだ未開の⋯?

三国志ファンの私にとっては、この史実は実に⋯興味深く、神秘的にすら思える。

私はチラ、チラ、と福の横顔を覗き見て。その表情を⋯見定める。
嘘を言っているような様子は⋯ない。
確かに、夏王朝の時代には⋯『(ゆう)』の字がつく有力な氏族達がいた。

【ゆうまい】のゆうの字は⋯?

確信は持てないけれど。
まずは⋯探っていくしかない。

自分が今どこにいて、どうやって生き抜けばいいのかを⋯。

(超曰く「虎穴《こけつ》に入らずんば虎子《こじ》を得ず」)

成功を得るには、多少の危険を冒してでも、思いきった行動をせねば⋯!

「あーーーーーッツ!!」

「あー?!」

突如叫んだ私の声に、福はビックリした様子で⋯耳を塞いだ。

籠が倒れて、折角のいちごや野蒜(のびる)がバラバラになっている。

「あのさ、福」

「急になんだ。頭が割れるかと⋯!」

「トイレに行きたい!」

「といれ?」

「トイレ⋯⋯、ああ、用を足す(かわや)

「用を足すのか?なら、あそこの柵の際にある穴に行け」

福が指さす方向は―⋯風下にある陣営の端。
柵の外は、すぐ森だ。

「オッケー、連れて行って」

「はああ?ついて来いと?」

「貴方が監視役でしょう?早く、早く、限界」



福は渋々と縄を解いて、その先をしっかりと持っては⋯まるで犬の散歩のようにして私を歩かせた。

「本当、弁は立つし、面の皮が厚いな」

「元々男ばかりの環境下でスポーツしてたから、耐性があるだけ」

「⋯⋯⋯?(すぽうつ?)」

「着替えもお手の物。試合の合間に、テント内でいかに露出せずにスムーズに着替えるのか。雨天時にはそれこそトイレに行って着替えたりして、苦労した」

「⋯⋯⋯?(すむうず?女子(おなご)が男にまざって着替えるだと?)」

「文化の違いは、全く理解できないよね。無駄口叩いてごめんなさい。では、人払いをお願いします」


福は仕方がない、いった様子で、中の確認を行うと。私と繋いでいるロープを長く長く弛ませて⋯

「さっさと済ませて来い」と、その場に留まった。―⋯が、
「俺は鼻が利くから⋯⋯もう戻る!」
と宣言して、サッサと居なくなってしまった。


あのピンと立った耳に、フサフサ尻尾。
彼の正体は⋯?と考えれば、臭覚は⋯優れているのであろう。ただでさえちょっと臭うのだから、鼻が曲がる思いなのかもしれない。

「⋯好都合だ」
私は、ニヤリと笑ったのであった。

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