海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
陣営に戻って来ると、次の訓練の準備を始めていた兵士たちがすれ違い際に次々と頭を下げてきた。
「お戻りですか、有昧王《ゆうまいおう》」
あっちから、こっちから。
コンニチハ代わりの挨拶に敬称で声を掛けられる、といった感じだ。
この人⋯、方国の王ってことは、つまりの所⋯夏王朝と同盟的な関係で結ばれた諸勢力ってことだ。忠誠を誓ってるのか、完全に独立した勢力なのかは知らないが、ひとまずここではトップオブトップ。
偉い地位にいる人だ。
全くもって、冥界の秦広王とは⋯別人であったか。
肯定も否定もしない辺りが、恐ろしく冷静な男だ。
一方で、この王。
姿勢良く颯爽と歩く様、流し目でちゃんと部下と視線を合わせる姿。人望ある軍師であるようにも見えるが⋯いや、その間にはピリ、と緊張感。
王が王たる所以は⋯一国を担い、全てを負うから。誰にもそのプレッシャーなど理解できないだろうな。
そう考えると、真の理解者などいない、孤独な存在なのかもしれない。
さて、その後ろをついて歩く私については、誰も触れても来なければ、声を掛けてもない。
徹底した規律が根底にあるのだろう。
ともあれ、変に勘繰りされるよりは、空気のような扱いの方が⋯気分は楽だ。
「有昧王《ゆうまいおう》」
駆け寄ってきた福が、深々と挨拶をする。
すると、突然、ひれ伏すかのようにして⋯地に頭をつけると。
「臣の不徳の致すところです。国公の処罰、甘んじてお受けいたします」と、そのまま頭を上げようとはしなかった。
これは⋯、もしや。私が逃げたせいで罪に問われるということ?
「福よ」
「弁明の余地もありません!万死に値します」
ちょっと待って。死をもって償うってことなの?
やはり時代も文化も違う。こんな展開になるなんて知らなかった。
「し、秦広王⋯。あの⋯有昧王?」思わず口を挟むと。彼はサッと手を挙げて、私の言葉を制した。
「賭けをしていただけだ」
「謹んでお受けいたしま⋯⋯す?⋯え?」
キョトン、とした様子で福はようやく顔を上げた。
「どうにも只者には思えず、その気概を見定めていた。ただただ大人しくするようだったら、つまらないであろう?」
「⋯と、いいますと⋯」
「わかっていて放っておいただけだ。どこにいようがすぐにわかる」
王が私に向けて手を翳すと。
私の左腕に、光を放つ1本の透明な糸のようなものが出現し、それがぐるりと巻き付けられていた。
右手で触ってみようにも触れられず、同時にぐっと腕に食い込んで⋯その感覚が痛みとなって全身に浸透していく。
苦痛で歪む私の顔を覗き込むようにして⋯王はその度合いをまるで試すかのように⋯更に痛めつける。
「陣を敷いているのに気づきもしなかった。一歩でも敷地から出れば火傷を負うなど考えもしてなかったようだ。ただずる賢い、人間の女であろう」
ふと、一気に痛みから解放される。
自分より劣るとわかっていながら⋯蔑み、なぶるなど。恐ろしい男だ。
「王、では⋯」
「頭を下げる必要はない。万策尽きて大人しくするであろう。訓練が終わるまで、引き続き監視せよ」
王が手を下げると同時に、光の輪は、消え去ってしまう。
こんなもの、一体⋯どうやって外せるというのだ?
そんな疑問を持ちつつも、考えるのも束の間、もはや福によって既に拘束されて⋯元の木阿弥。
また、退屈な時間が始まろうとしていた。
「お戻りですか、有昧王《ゆうまいおう》」
あっちから、こっちから。
コンニチハ代わりの挨拶に敬称で声を掛けられる、といった感じだ。
この人⋯、方国の王ってことは、つまりの所⋯夏王朝と同盟的な関係で結ばれた諸勢力ってことだ。忠誠を誓ってるのか、完全に独立した勢力なのかは知らないが、ひとまずここではトップオブトップ。
偉い地位にいる人だ。
全くもって、冥界の秦広王とは⋯別人であったか。
肯定も否定もしない辺りが、恐ろしく冷静な男だ。
一方で、この王。
姿勢良く颯爽と歩く様、流し目でちゃんと部下と視線を合わせる姿。人望ある軍師であるようにも見えるが⋯いや、その間にはピリ、と緊張感。
王が王たる所以は⋯一国を担い、全てを負うから。誰にもそのプレッシャーなど理解できないだろうな。
そう考えると、真の理解者などいない、孤独な存在なのかもしれない。
さて、その後ろをついて歩く私については、誰も触れても来なければ、声を掛けてもない。
徹底した規律が根底にあるのだろう。
ともあれ、変に勘繰りされるよりは、空気のような扱いの方が⋯気分は楽だ。
「有昧王《ゆうまいおう》」
駆け寄ってきた福が、深々と挨拶をする。
すると、突然、ひれ伏すかのようにして⋯地に頭をつけると。
「臣の不徳の致すところです。国公の処罰、甘んじてお受けいたします」と、そのまま頭を上げようとはしなかった。
これは⋯、もしや。私が逃げたせいで罪に問われるということ?
「福よ」
「弁明の余地もありません!万死に値します」
ちょっと待って。死をもって償うってことなの?
やはり時代も文化も違う。こんな展開になるなんて知らなかった。
「し、秦広王⋯。あの⋯有昧王?」思わず口を挟むと。彼はサッと手を挙げて、私の言葉を制した。
「賭けをしていただけだ」
「謹んでお受けいたしま⋯⋯す?⋯え?」
キョトン、とした様子で福はようやく顔を上げた。
「どうにも只者には思えず、その気概を見定めていた。ただただ大人しくするようだったら、つまらないであろう?」
「⋯と、いいますと⋯」
「わかっていて放っておいただけだ。どこにいようがすぐにわかる」
王が私に向けて手を翳すと。
私の左腕に、光を放つ1本の透明な糸のようなものが出現し、それがぐるりと巻き付けられていた。
右手で触ってみようにも触れられず、同時にぐっと腕に食い込んで⋯その感覚が痛みとなって全身に浸透していく。
苦痛で歪む私の顔を覗き込むようにして⋯王はその度合いをまるで試すかのように⋯更に痛めつける。
「陣を敷いているのに気づきもしなかった。一歩でも敷地から出れば火傷を負うなど考えもしてなかったようだ。ただずる賢い、人間の女であろう」
ふと、一気に痛みから解放される。
自分より劣るとわかっていながら⋯蔑み、なぶるなど。恐ろしい男だ。
「王、では⋯」
「頭を下げる必要はない。万策尽きて大人しくするであろう。訓練が終わるまで、引き続き監視せよ」
王が手を下げると同時に、光の輪は、消え去ってしまう。
こんなもの、一体⋯どうやって外せるというのだ?
そんな疑問を持ちつつも、考えるのも束の間、もはや福によって既に拘束されて⋯元の木阿弥。
また、退屈な時間が始まろうとしていた。