海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第5話 昧谷の夕暮れに誓う2つの影

夕暮れ時。
目隠しをされたまま、私が連れられて来たのは⋯
福が言う、夏王朝の北西の国【ゆうまい】の地であった。

そこは、霧の奥に隠されているような⋯深い深い渓谷の、ずっと奥。辺境の地と言うだけあって、人里離れたような⋯静かな地であった。
聞けば、ここの民は太陽と共に姿を消すという。

目隠しを外され、最初に見た感想は⋯圧倒的な、静寂だ。

この、谷の上⋯その森の何処かにあの軍営はあるのだろう。
日を帯び明るかったあの地とは、まるで⋯違う。
そびえ立つ崖で影ができ、邑《ゆう》はもう夜が訪れたような薄暗さであった。

全てがこの世から隔離されたような⋯隠密の邑《ゆう》だ。

「あの⋯。気になっていたのですが、【ゆうまい】とはどのような意が?」
ゆっくりと辺りを眺めながら⋯王に問うてみる。

部族の名前は、その土地の名や、諸侯の姓であったりすると聞く。

そんな素朴な疑問に、無論この男が答えることはなくて。

けれど、黙ったまま⋯私に手を差し出す。

「⋯⋯⋯?」

まるで、来い、と言わんばかりに。

どうするのが正解だったのかは⋯知らない。
逆らったら何をされるのかもわからない。

圧倒的な支配者であることは明白で、彼が施した牢《うでわ》は私を拘束し、主であると⋯証明している。

だから、選択肢は⋯元々ひとつしかなかった。

一抹の不安を感じつつ、私は手を伸ばし⋯その手を掴む。

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