海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
すると⋯どうだ。
一瞬にして流動する景色に、目眩を感じ⋯王に必死にしがみついていると。

「離せ」とついには突き放されてしまう。
傍若無人な主の態度に嫌気がさすけれど⋯半ば諦め、フラフラとしながら、霞む目を擦る。

するとー⋯
「⋯⋯⋯!!」

オレンジに染まる空と、かつて見たこともない雄大で荘厳なる夕日が⋯目の前に広がっていた。

ここは⋯、さっき見上げたその崖の上。デコボコの足場が⋯やけにリアルであった。

「太陽が沈む場所だ」
王が静かに⋯口を開く。

「⋯⋯⋯」
言葉を失う、とはこういうことを言うのであろう。
それほどに、この夕日から⋯目を離せぬのだ。

「⋯太陽が沈む、昧谷《まいこく》」

言葉は少なくとも、王の言わんとしていることが⋯自然と伝わって来た。
見て、勝手に感じろということなのだろう。その割に⋯その意は、1つ。

「日が帰る国、なのですね。有昧《ゆうまい》は」

返事は⋯なかった。

「信じるも信じまいも貴方の勝手ですが⋯。私がいた国【日本《にほん》】にもかつて呼ばれた名がありました」

「⋯⋯⋯」

「日《ひ》出《い》づる国です」

夕日を見ていた王が、ゆっくりと⋯私の方へと振り返る。

「ここよりずっと東に位置する国です。日《ひ》の本《もと》と書いて【日本】です。ここが夏王朝であるならば、日本は東に。ですから⋯先に日が昇る、と」

「⋯⋯⋯」

「国旗にもそれが描かれてるんです。こうやって⋯⋯、こう」

私は、オレンジの空に目一杯大きく円を描いて。
故郷の日の丸を⋯雄大に描く。

そんな私を、王はただ黙って⋯見ていた。

オレンジの夕日が、王の黒紅梅を紅く、紅く染めて⋯それは血も涙もないこの男によく似合い、怖さを増長させるものであったけれど。同時に⋯深淵のその深い眼差しに日が灯って、彼がこの地を守るその熱そのものを⋯感じさせるものでもあった。

夕日がつくる2人の影が、どこまでも延びて。

私はもう1人の【私】に誓いを立てる。

誰かもわからない自分を、影に投影して⋯決して消えることがないように、と。



日は落ちて⋯落ちればまた、昇って来る。

まるで⋯有昧に日が帰り、日本からまたやって来るかのように。



私の人生も、どうかそうでありますように、と⋯。
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