海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
彼女は多くの血を失い、昏昏と寝るだけの日々が続いた。
心臓をひと突きだ、無理もない。
彼は不本意ながらも、ひとまず彼女の傷口を塞ぎ、自分の血と霊力とを⋯毎日少しずつ与え続けた。1日の、ほんの数十分。彼女と顔を合わせるのはたったのそれだけだった。
甲斐甲斐しく世話を焼き、一喜一憂しながら報告する福とは対照的に⋯眉ひとつ動かさずにただ役目を全うするだけだった。
人間の治療などしたことがない。
別の者の血を受け入れることなど不可能に近かった。
血が混ざったら⋯獣と化す可能性すらあった。
拒絶反応が出るのならば、救う手立てもなくなるが⋯もしそうなっても、極論、責任を負う他ないのだから、道理に従い受け入れるだけである。そしてこの男は、決してそれを恐れることは、ない。
なのに⋯、だ。
白く生気を失っていた唇が、赤みを帯び⋯かと思えば、氷のように冷たかった手も、ほんのりと熱をもって。
額に翳す手から伝わる感情に反して⋯生きたい、という本能が、驚異的な回復へと繋がっているようだった。
短命である人間が、すぐにまた失う命に執着するなど⋯哀れで愚かであると、呆れる思いであった。
けれど、本当に人間なのか?
芽生えた疑念は、いつまでも払拭できずに。会うたびに憎々しげに⋯睨みつける。
血を受け入れ、生きる糧としていることは⋯明白であった。果たして⋯あり得ることなのか?
積み重なっていく疑問は、策略家でもある彼の能力と臣下を使って調査を尽くしても⋯情報も、解決の糸口さえも見つからなかった。
自分に解決できないことがあるなど⋯思ってもみなかった。
彼女の楽観的な思考は1種の防衛反応であろう。
悲しみと絶望、それらを隠す隠れ蓑として⋯無意識の世界でも、気丈に明るく振る舞う。おかげで⋯、王は目まぐるしい妄想世界に付き合っていく 他ない。見たこともない景色が、彼の脳裏で⋯広がっていく。
それがどんなに不必要で くだらないものかだなんて 彼女は知るよしもなく、時折眉をひそめ 、度々口の端っこを上げては⋯感情を露わにするのであった。
その顔を眺める度に⋯自分がまるで⋯生きたいと願う者をタダで救った偽善者のようで。憎しみ余って、思わず彼女の頬を⋯つねったこともあった。
そうなると⋯1日のたったの数十分。その時間をこの者に割いたことに何かしらの対価を求めたくもなった。
命に対する対価である。
それ相応のものでなければ⋯取り引きとして損をすることはプライドが許さない。