海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
翌日―⋯4日目。

どういう風の吹き回しであろうか。

突然、外出の許可が―⋯おりた。

許されたのは、2時間ほどの⋯散歩。

有昧の山間、農村部に限定されたものであったが―⋯それは、土埃舞う薄暗い場所に籠もっていた私にとっては―⋯大いなる気分転換にもなり得るまたとない機会である。

筵を徐に捲り、解錠された扉の向こう側へとを飛び出した途端、朗らかな春の陽射しが妙に眩しくて。

傘と面紗の間から覗かせた目が―⋯開けられない程であった。その日差しは異様に強く熱を帯びてるというのに、吹き抜ける風は―⋯驚くほどに冷たい。

汗をかいても、すぐに乾いてしまうような―⋯乾燥した空気であった。

そして、数日前に見た光景とは―⋯また別の印象を抱いた。

昧谷の夕暮れ時は、既に人がおらず―⋯物悲しい邑だと感じていたのに。

昼の有昧。

目に飛び込んできたのは、赤土の斜面に広がる鮮烈な緑⋯、萌黄色(もえぎいろ)の絨毯だった。

5月の強い陽光を浴びて、芽吹いたばかりのそれが、まるで鋭い針のように地面を突き破って並んでいる。

まるでこの地の生命力を―⋯象徴しているようだ。

「綺麗⋯」

思わず―⋯言葉が溢れる。

「福、あそこに見える畑は―⋯何の畑?」

「お前が毎日食べている(きび)の畑だ。近くに行ってみるか?」

私は、コクリと1つ頷く。

目的地が決まると、福が先導して、有昧の邑を―⋯ゆっくりゆっくりと歩いていく。

私は、時折足を止めて。

道端で目についたものを―⋯手にとっていく。

野いちごをぽいっと口に入れようが、野蒜(のびる)やフキノトウを採取しようが―⋯福は咎めることはない。

(なるほど。与えはしないけれど―⋯私自らが手に入れることは許しているっていうことか)

ならばこの機会は、単なる散歩に成り下がってはいけない。

生活の質⋯、QOLの向上への第一歩である。

福は私の考えを見抜いていたのであろうか?

はたまた有昧后(ゆうまいこう)の思惑であるのか?

私が「何か」を手にとる度に、福は自身が背負う籠の中へと入れろ、と言う。「貸しだぞ」なんて⋯こっちも見もせずに、毒を吐いて。

QOLの向上だなんて、生温いものじゃあないとずっと警鐘が鳴っている。頭では―⋯わかっているのだ。

これは⋯サバイバルだ。元来―⋯人間に備わった本能であろう。少なくとも、この時代に生き抜く者には誰しもが持っている力だ。

では、現代の、平和な日本で過ごした―⋯凡人に出来ることとは?

ただの1つ、生に足掻くことだ。
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