海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
第9話 天妖界に生きる者たち
夏―⋯。
小さい貯蔵庫に相も変わらず住み続ける私は⋯もはやくたくたで。すぐさま寝床にゴロリと横になった。
山中や市を駆け巡り、工房(貯蔵庫)での実験にも勤しんで⋯ずっと立ち通しであった。まるで部活後のそれみたいに、脹ら脛に疲労が溜まっている。
もう何度目かになる、夜を⋯明かそうとしていた。
土壁には既に、多くの【正】の文字が刻まれていて―⋯それが月日の流れを象徴する。
いくら目を閉じても、また目が覚めてしまう。夏でも比較的涼しい有昧であるが―⋯今日は熱帯夜であった。
寝苦しく眠りが浅い夜は―⋯夢をみる。
⋯そう。自分の記憶の中の最期の時。
漠然とした⋯あやふやな瞬間が、恐怖となって夢を真っ暗な世界へと貶めるのだった。
混沌とした夢。
同時に金縛りに遭い⋯息ができなくなって。溺れるような苦しさで目が覚める。
すると、一気に我に返る。
冷や汗で全身をぐっしょりと濡らしながら⋯肩を落として。自分は何者なのか、と問う。
あの、有昧后の低い声に重なるかのようにして、問い続けるのだ。
隠し続けて来た⋯疑問。
お前は一体何者なのか、と。
何度目か繰り返して、すっかり辟易した後には⋯寝たい、という願望すら湧かなくなった。
寝床から出て、壁際へと向かうと、小さな高窓を⋯見上げる。
「⋯⋯月だ⋯」
私の住んでいた世界と同じ。
夜の空には⋯ぼんやりと月が浮かんでいる。
ここにも、太陽が巡ることは⋯知っている。
腹が減ればご飯を食べるし、自衛するためにひたすら鍛えることもするし、夜になれば⋯寝る。
生活の概念は人間界と同じであるというのに。なのに⋯、違う。
【この世】というものは⋯一体幾つ存在するのだろう。
するとどうだ。
急激に、また、知りたい衝動が襲って来て。胸のなかで何かが掻き立てられるようだった。
私は自分の腕を見て、ふと⋯考える。
「これが⋯邪気を除けてくれる」
有昧后の「無理に外せば死ぬ」という言葉を「心理的な空城の計」だと分析していた。
本当に殺す気なら、わざわざ警告なんてしない。これは『触るな』という強いメッセージ。でも、外せなくても、この力が届かない場所へ『移動』することまでは禁じられていないはず。もし、私が起こす行動に問題があれば⋯あの男は黙ってなどいないだろう。きっと、この腕輪を通じて罰を下すことは容易いこと。
でも、逃亡の恐れなし、と、また敢えて泳がせるのならば?
「⋯一か八か、試す価値は⋯ある」
自分の居場所は、今どうせここにしかないのだから⋯戻ってこればいい。それよりも、夜の有昧を散策したい、という願望が―⋯勝る。
そう思ったら善は急げ、であった。
小さい貯蔵庫に相も変わらず住み続ける私は⋯もはやくたくたで。すぐさま寝床にゴロリと横になった。
山中や市を駆け巡り、工房(貯蔵庫)での実験にも勤しんで⋯ずっと立ち通しであった。まるで部活後のそれみたいに、脹ら脛に疲労が溜まっている。
もう何度目かになる、夜を⋯明かそうとしていた。
土壁には既に、多くの【正】の文字が刻まれていて―⋯それが月日の流れを象徴する。
いくら目を閉じても、また目が覚めてしまう。夏でも比較的涼しい有昧であるが―⋯今日は熱帯夜であった。
寝苦しく眠りが浅い夜は―⋯夢をみる。
⋯そう。自分の記憶の中の最期の時。
漠然とした⋯あやふやな瞬間が、恐怖となって夢を真っ暗な世界へと貶めるのだった。
混沌とした夢。
同時に金縛りに遭い⋯息ができなくなって。溺れるような苦しさで目が覚める。
すると、一気に我に返る。
冷や汗で全身をぐっしょりと濡らしながら⋯肩を落として。自分は何者なのか、と問う。
あの、有昧后の低い声に重なるかのようにして、問い続けるのだ。
隠し続けて来た⋯疑問。
お前は一体何者なのか、と。
何度目か繰り返して、すっかり辟易した後には⋯寝たい、という願望すら湧かなくなった。
寝床から出て、壁際へと向かうと、小さな高窓を⋯見上げる。
「⋯⋯月だ⋯」
私の住んでいた世界と同じ。
夜の空には⋯ぼんやりと月が浮かんでいる。
ここにも、太陽が巡ることは⋯知っている。
腹が減ればご飯を食べるし、自衛するためにひたすら鍛えることもするし、夜になれば⋯寝る。
生活の概念は人間界と同じであるというのに。なのに⋯、違う。
【この世】というものは⋯一体幾つ存在するのだろう。
するとどうだ。
急激に、また、知りたい衝動が襲って来て。胸のなかで何かが掻き立てられるようだった。
私は自分の腕を見て、ふと⋯考える。
「これが⋯邪気を除けてくれる」
有昧后の「無理に外せば死ぬ」という言葉を「心理的な空城の計」だと分析していた。
本当に殺す気なら、わざわざ警告なんてしない。これは『触るな』という強いメッセージ。でも、外せなくても、この力が届かない場所へ『移動』することまでは禁じられていないはず。もし、私が起こす行動に問題があれば⋯あの男は黙ってなどいないだろう。きっと、この腕輪を通じて罰を下すことは容易いこと。
でも、逃亡の恐れなし、と、また敢えて泳がせるのならば?
「⋯一か八か、試す価値は⋯ある」
自分の居場所は、今どうせここにしかないのだから⋯戻ってこればいい。それよりも、夜の有昧を散策したい、という願望が―⋯勝る。
そう思ったら善は急げ、であった。