海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
3章 我思う、故に我あり〜蹴球ガールの哲学〜

第10話 徒花の毒が消える前に

ハッと目を覚ますと。
そこは⋯見覚えある納屋の中であった。

小窓から覗く太陽は、高く、高く⋯昇っていて。
もう、とうに朝が過ぎ去っていることを教えてくれた。

「マズい。こんなに寝るだなんて!」
あの男⋯有昧王にどんな仕打ちをされることか!⋯と、思った矢先に。
「ん?待てよ」
はた、と気づく。

昨夜寝る前に拘束された両腕が、そのままになっている。

昨日のあの時間は⋯⋯夢なのか。
いや、それにしては⋯やけにリアルであった。
美しい唄声も、神秘的な音色も。一度聴いたら一生忘れない程の⋯旋律。(らん)が舞う、神々しい世界。


「⋯帝江にも遭った。あんな嘘みたいな⋯あの風貌」
一度見たら、癖になるほどの、衝撃。

それに、だ。
大きな木の上で交わした⋯約束。

「そうだ。名前は⋯博益(はくえき)。自分の名も忘れたのに、他人の名前は覚えてるなんて。それこそ、あり得ない」
一度酌み交わしたら、縁として繋がる⋯友情。

共に九部を巡り、夏王朝の全てを書き綴ろうと―⋯誓った。

やはり夢ではない、と確信して。辺りを⋯見渡す。
そう、博益と酒を飲んで語り、それから、それから⋯?

(どこから来たのか、だなんて⋯博益に言った覚えはないのに)

戻るつもりではあったが、どうやって⋯ここに来たのであろう。

あそこからどうやって戻ってきたかは、その記憶はない。

そして⋯もう1つ。
この部屋で夕べ起きた⋯もう1つの不思議な出来事。

鼻をすん、と鳴らして。
私はあることを⋯確かめる。

それからゆるりと立ち上がって、恐る恐る⋯納屋の引き戸をちょっとだけ開けて、隙間から外の様子を窺ったのであった。

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