海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜

第11話 世を編纂する男・博益

ほろ酔いで、2人で語り続けて⋯随分と時間が経ったように思う。

すっかり打ち解け⋯いつの間にか、男の語り口調にも変化が出て来た頃。
酔って饒舌になった私は、これまで溜まっていたもやもやとした鬱憤を⋯この者にさらけ出したくなっていた。

受容。
心理学において、相手の思いをまず受け取ることこそが⋯救いの一手となる。
難なくまるで当たり前であるかのように⋯相槌を打ちながら、それを体現していくこの者に。酒の力も相俟って⋯私が気を許してしまうきっかけになったことは明らかであった。

「人間界のことを聞きたいと言っていましたね。少し⋯お話しましょう。私が19年間過ごしたのは、ここからずっと東にある⋯島国です。()(いづる)る国⋯日本」

「日本?この()の外には多くの氏族の地があると聞いたことはあるが⋯?私も東の方⋯東夷(とうい)の出身だが⋯。海を越えた先にあるのか?」

「【トウイ】⋯。あれ?聞いたことがあるような⋯。とにかく、です。今の時代はわかりませんが⋯私がいた時代には世界には196,7ほどの国が」

「⋯⋯くに?」

彼の眉がピクリ、と動く。
そうか、まだ国家という概念が生まれる前の、血縁と神話の時代なんだ。
そうすると―⋯国というのをどう説明すれば?

東夷(とうい)や中原は、その中のひとつだと言うのか?」

「ここも、日本も、数ある⋯方国の中のほんの1部です。ええと―⋯国というのは、例えるなら全ての部族が平定されて1つのまとまりになったものです。統治された大きな大きな⋯」

「⋯⋯⋯」

彼は目を見開いて。少しだけ⋯驚いたかのような表情を見せた。
「でも⋯、ごめんなさい。何の証拠もないですけどね」

「⋯だが―⋯そなたは、それを知っているであろう?かような壮大な嘘をついても、何の利もあるまい」

「信じるのですか?」

「私は自分の目で見たことを信じるのみ。だが、信ずるに値するものは⋯見てみたい、とそう思わせたことを認めた時」

有昧后も⋯信じてこそいなかったかもしれないが、この話を興味深く聞いていた。
そうだ、そう言えば―⋯国家という概念がないのにもかかわらず、そこに1つのツッコミもせずに⋯受け入れていたのか?
この者もまた、そうで⋯あるのか?

私は徐に、懐からあるものを取り出して。それを、彼の目の前に⋯広げて見せた。

そう、私が籠手(こて)に刻み描いた、不格好で朧気な⋯世界地図だ。

「これは⋯?」

「世界地図です。ここ、有昧(ゆうまい)はおそらくこの辺り。大国の中の一部で⋯、日本は、ここです」

「日の(もと)と書くのだな」

「海に囲まれているが⋯どうやってそこを出たと?」

「空を飛ぶ飛行機もあれば、船もあります。行こうと思えば、時間とお金さえあれば⋯、どこにでも。ああ、あとは国の許可がおりていれば、という大前提がありますが」

「⋯⋯⋯」

「それに、このような地図をわざわざ描かずとも、行かずとも、小さな携帯用の箱⋯?このくらいの大きさの、薄い、機械⋯」とここまで言って、言葉に詰まる。飛行機に、お金に、機械なんて単語も、通じるはずもなく⋯ましてやスマホを形容するには、紀元前の世では何を言っても⋯伝えきれないことは明白だ。

「行かずとも?⋯何だ?」
それでも、何とか聞こうとする、この男のその姿勢が⋯嬉しかった。

「【何でも答えを見つけてしまうもの】に問えば、個人で世界のことを知り得ることができるのです。景色だって見れる。それさえあれば、この地図もいらないし⋯貴方にも、もっともっと世界のことを教えることができるのに」

「⋯⋯⋯」

「例えるなら⋯衣、食、住に纏わる文献や、歴史、医学、伝記⋯それら世にある、あらゆる書を1つに集約し編纂した⋯膨大な知識をもつ、バケモノです」

「⋯⋯どこに居るのだ?会ってみたいものだ」

男は至って真剣な目で、大真面目に聞くもんだから⋯。
私はもう我慢できずに、大笑いしてしまった。

「どこかに行ってしまいました。Google先生も、Alexa先生も、Gemini先生もみーんな」

「探さずとも良いのか?困るのであれば、手伝っても構わない」

「いえ。どんな知識人でもここではきっと⋯なんの役にも立たないでしょう。人間界ではないのですから。だって、人間界には鸞も帝江もおらず⋯貴方のようにひとっ飛びで木の上に登れる者だっていないです。それに⋯、入郷随俗(ルーシアン スイズゥ)、ここを知るには、ここの風習に従わねば」

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