海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
市へ出るまでは、福と大抵の時間を過ごして。様々な談義をした。粟《あわ》や黍《きび》が主流の中で、僅かながら栽培されていた小麦。非常に不味いと酷評された穀物に正当な評価を与えるべく、まずは小麦粉の製粉から⋯少しずつステップを踏んで、研究を重ねて来たのだ。石挽技術がないこと、生地の発酵の2点が課題であったが⋯それらの局面では、全て福の献身と私の知の融合で難を脱したのだった。そう。納屋が工房へと化したのは⋯この過程における所以であったのだ。
それにしても。
私が愛すべき三国志。憧れの軍師、諸葛孔明が食すよりも早くに⋯私の口へ運ぶとは。なんと感慨深いことか。
「⋯海棠。酸っぱくも固くもないだろう?どうだ、どうだ?」
もぐもぐと咀嚼する私の側で、まるでキャンキャンと吠えるワンコのように纏わりつく福が⋯面白くて。つい、放っておいてみる。
「⋯⋯」
「美味いだろう?⋯美味くない?ちゃんと温度は保ったし酵母もうまくいったはずだぞ?(寝てたけど)違うのか?これじゃあない?」
焦らすだけ焦らして。
返事を必死に求める彼へと⋯いよいよ対峙する。
「凄い技術の完成だね、福。とうとう⋯」
「じゃあ⋯」
「完っ璧!!」
待ってました!と言わんばかり。目を輝かせてグッと拳を握りしめる福と、私の視線が合わさった直後⋯どちらともなく手を翳して、強く、強く、タッチを交わしたのだった。
「ヨシ。次の課題。ここに肉を入れたものは、作れるだろうか?それがほんとうの肉まんっていうんだけど」
「⋯⋯。⋯何肉だ?」
「豚。⋯牛でもいい。何なら、両方」
(合い挽き肉だとよりサイコー)
「⋯⋯⋯」
ここでピタリと、マテの状態になる、福。
「ねえ、福」
「⋯皮⋯。⋯⋯肉⋯⋯。おい、次は何だ、骨か?」
「それは貴方の好物でしょう?」
「はあ?!」
一気に静まり返って。
「そんな貴方を見込んで、お願いがあるのだけど」
「⋯⋯⋯」
「貴方は、優れた感覚を持っているよね」
「⋯⋯⋯」
「あんなに遠くにいたのに、私だとすぐにわかった。目の良さは天下一品」
「⋯⋯当たり前だ」
「酵母探しでは、利き酒をして相応しい酒粕を見つけ出した。おまけに、匂いで発酵しているかどうかも的確に判断していたよね」
「⋯⋯⋯」
「石臼がなければ、己の力を酷使し⋯、その優れた感覚で、適温も見抜いた。どれも貴方がいなかったら成し得なかった偉業だ」
「それが、何か?」
「その、鋭い洞察力を⋯試してみない?」
「⋯⋯⋯狩猟させる気か?おっそろしい人間め」
「違う違う、そうじゃなくて。ちょっと⋯こっち来て」
素直にてくてくついて来る⋯福に、見えないロープで縛られている私。
妖怪×人間。
傍から見たら一体どんな風関係性に見えるのだろう。
そんなことを思いながら、再び納屋へと戻っていったのだった。