海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
「実の所⋯、探し人がいるのも本当であるが、ここ、有昧は未開の地でもある。入ることすら許されぬ⋯辺境の昧谷に興味があったのだ」

途端に、あの素敵なエピソードに隠れた欲望を⋯独白する。

「⋯面白い。各地を自由に巡ることができたら、どんなにいいだろうな。この夏《か》王朝の歴史も⋯知ることができる」

私は、空を見渡して⋯思いを馳せる。そうなれば、現代世界において、私は歴史の片鱗を知る第一人者になり得る―⋯。

すると⋯どうだ。思いに耽る
私のすぐ目の前を、まるで邪魔するかのように⋯バサバサと激しい羽音を立て横切る者があった。
その鳴き声は、必死に叫ぶような⋯煩さ。無論、鸞鳥などではない。
彼と私との間を執拗に旋回し、その度に見えない壁のようなものに跳ね除けられて。警告するように⋯声を上げ続ける。白い頭。黄色の模様に⋯真っ赤な足。その風貌は(とんび)にも似ているようで⋯、そうでもない。

真っ直ぐな(くちばし)を大きく開いて⋯叫び続けるのだ。

「⋯⋯また⋯変な者が」

「私は妙に鳥に好かれるゆえ、また引き寄せてしまったのであろう」

こんなにも纏わりついているのに、なんと⋯冷静な。
どうやってこの事態を治めようと?

「どうやら近づけずに、苛立っているようだ」

「⋯もしかして、これかも。邪気を払う腕輪が私の腕に」

「⋯ああ、なるほど。どうりで―⋯。時に。そなたなら、この鳥に何と名をつける?」

「ん?名前?」

「名もなき者に、それをつけるのも⋯編纂の役割の1つだ」

名前⋯、名前⋯?
いや、煩すぎて思考が⋯。
いや、それならば。

「⋯⋯日本でも有名な鳥に【カッコウ】という者がいます。名の通り、そう鳴くからではないかと」

「⋯⋯⋯」

「よって、この者の名は⋯【シュン】。シュンシュン煩く鳴く鳶のような鳥」

「シュン⋯、と」
男はブツブツと呟きながら、削刀を手にとって⋯木札を削っていく。しなやかなのにゴツゴツとした手。慣れた様子で⋯時間をかけて丁寧に彫るその様は、格好が良くて見ていて飽きない。

でも⋯シュン、って、大真面目に、それを載せるの?!

その跡を覗いてみると⋯まだ、あくまで仮名であるかのように注釈がついている。未定、と。

漢字(なまえ)の成り立ちは、その者の背景がわかってから決める」

なるほど。
私のように⋯何も考えず、単純に命名するはずがないか。

「⋯⋯⋯」
待てよ。
文字というものがまだ存在していない時代ではなかったか?楷書で、しかも私も読める字⋯?

言葉もそうであるが、文字すら⋯通じる世界。
天妖界である―⋯由縁か。まさにファンタジー。


それに、生き物の名前まで⋯つけてしまうというとは、この世の歴史を作る、そんな大業(たいぎょう)ではないか?

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