海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
福と共に作った、夏王朝初の蒸しパン。
この日を心待ちにしていた私たちは、早速、青銅器でつくられた蒸し器⋯甗《げん》で大量のそれを用意して、軍営へ差し入れることにした。
そして、相変わらず場所は教えない、と案の定途中からの目隠しを提案されて、2人籠を背負い、肩を並べて⋯その道中、語らっていく。
福は言う。
いつも傍に仕え、片時も離れず公務に同行していたのが、私が来てからは⋯新しい任を与え、離れて過ごすことが多くなったのだ、と。
それは⋯公務に明け暮れる国公の激務からの解放を意図しているような気がする、と。
寂しくもあり、一方で信頼を得ているという喜びもあり、何よりも⋯
こうして私を自由にすることで、福をもそうなるように導いているのではないかと推測していた。
この国と隣りの域とを分断するかのごとく、大きな大河を訪れ、その激流を眺めながら⋯福は神妙な面持ちで話し続けた。
天妖界を流れるこの川は、何度も何度も氾濫を起こし⋯それは凶兆として人々の争いを増長させるきっかけとなってきたのだそうだ。波乱の乱世を生き抜く者こそが正義となり⋯後世に伝わっていく。
人間界と同じ、勝てば官軍であると。
その中で多くの犠牲を払い、辛辣を味わってきたからこそ⋯有昧王は多くを語らずして、取捨選択をして生きている。誰にも、胸中を語ることもなく。
隠すことのできない大きな力も、悟られぬように⋯息を潜めて。
「王は、罰を受けているのだ」
轟く水流の音にかき消されるくらいの小さな声で⋯福は呟くのであった。
この子や有昧王が、私にどんな仕打ちをしようが⋯どうも憎みきれないのは、それぞれの境遇は大きく違っていても⋯
名を失い、それでも生き抜こうとする⋯物悲しさがよく似ているから。
なんとなく⋯そう感じた。
天妖界、と一口で言っても⋯ここは、その一部であり複雑な事情を抱えた辺境の国。諸国を平定し、1人の帝王が統治するようになった現在⋯有昧は、方国として戦を放棄し、中立の精神を掲げている。
訳があり、神が住む天界へ行けなくなった者が⋯多く存在するという。
かつては、それぞれの部族がぶつかり合い、覇権を争う乱世であった。戦争で歪んだ天地から⋯多くの妖族が散らばり、未だ元には戻っていない。そこで生まれた歪を修復し、天妖全土の妖族を見張る役目と、この有昧を守る伯としての役目と。一方で⋯私兵を鍛える軍師として⋯天族に仕えている上で、慎重に身を守っている。
けれど⋯多くの神から敵視させていることも事実で、命を狙われることも。
福はその理由を語ることは⋯なかった。
私が人間で、警戒する相手ではないと判断しているのだろう。長く生きらえる妖族の、行きずりの⋯関係。
彼もまた、王と離れて⋯孤独を感じているのかもしれない。人間であろうが、妖怪であろうが、誰かと思いを共有したいと願うことは⋯自然の摂理だ。
この日を心待ちにしていた私たちは、早速、青銅器でつくられた蒸し器⋯甗《げん》で大量のそれを用意して、軍営へ差し入れることにした。
そして、相変わらず場所は教えない、と案の定途中からの目隠しを提案されて、2人籠を背負い、肩を並べて⋯その道中、語らっていく。
福は言う。
いつも傍に仕え、片時も離れず公務に同行していたのが、私が来てからは⋯新しい任を与え、離れて過ごすことが多くなったのだ、と。
それは⋯公務に明け暮れる国公の激務からの解放を意図しているような気がする、と。
寂しくもあり、一方で信頼を得ているという喜びもあり、何よりも⋯
こうして私を自由にすることで、福をもそうなるように導いているのではないかと推測していた。
この国と隣りの域とを分断するかのごとく、大きな大河を訪れ、その激流を眺めながら⋯福は神妙な面持ちで話し続けた。
天妖界を流れるこの川は、何度も何度も氾濫を起こし⋯それは凶兆として人々の争いを増長させるきっかけとなってきたのだそうだ。波乱の乱世を生き抜く者こそが正義となり⋯後世に伝わっていく。
人間界と同じ、勝てば官軍であると。
その中で多くの犠牲を払い、辛辣を味わってきたからこそ⋯有昧王は多くを語らずして、取捨選択をして生きている。誰にも、胸中を語ることもなく。
隠すことのできない大きな力も、悟られぬように⋯息を潜めて。
「王は、罰を受けているのだ」
轟く水流の音にかき消されるくらいの小さな声で⋯福は呟くのであった。
この子や有昧王が、私にどんな仕打ちをしようが⋯どうも憎みきれないのは、それぞれの境遇は大きく違っていても⋯
名を失い、それでも生き抜こうとする⋯物悲しさがよく似ているから。
なんとなく⋯そう感じた。
天妖界、と一口で言っても⋯ここは、その一部であり複雑な事情を抱えた辺境の国。諸国を平定し、1人の帝王が統治するようになった現在⋯有昧は、方国として戦を放棄し、中立の精神を掲げている。
訳があり、神が住む天界へ行けなくなった者が⋯多く存在するという。
かつては、それぞれの部族がぶつかり合い、覇権を争う乱世であった。戦争で歪んだ天地から⋯多くの妖族が散らばり、未だ元には戻っていない。そこで生まれた歪を修復し、天妖全土の妖族を見張る役目と、この有昧を守る伯としての役目と。一方で⋯私兵を鍛える軍師として⋯天族に仕えている上で、慎重に身を守っている。
けれど⋯多くの神から敵視させていることも事実で、命を狙われることも。
福はその理由を語ることは⋯なかった。
私が人間で、警戒する相手ではないと判断しているのだろう。長く生きらえる妖族の、行きずりの⋯関係。
彼もまた、王と離れて⋯孤独を感じているのかもしれない。人間であろうが、妖怪であろうが、誰かと思いを共有したいと願うことは⋯自然の摂理だ。