海棠/カイドウ〜哀をなくした不遜な軍師と、愛しき共謀者が綴る備忘録〜
その者は崑崙の9つ門からの侵入者から守るべく、9つの頭を持った開明獣(かいめいじゅう)と呼ばれる獣神だった。

9つの頭を持つこの者は、9つの目とその頭であらゆる情報を得て噂を広める⋯面倒な男だった。
陸吾よりも遥か前に番へつき、時には神々の足として⋯下界へと降りる。とにかく、見聞したことをいちいち大ごとに捉えうんちくを語るのが日課であった。
洶工が治水に失敗したと聞けば⋯、相柳のような悪蛇が毒を盛ったからだと嘯いて。
知らず知らずに⋯陸吾の良心を壊していった。
相柳と同じ9個の頭があるというのに。一方は聡明なのに、周りに疎まれ⋯
もう一方は、悪意があっても、獣神と敬愛される。

正義感の強い陸吾にとっては、
相柳の隠された優しさを知っている浮游にとっては。屈辱以外の何でもなかった。

だから⋯、生まれてこの方、初めて自らの意思をもって行動した。
あの2人との別れの時―⋯。
餞別だ、と相柳から渡された黒くて丸い⋯玉。
相柳が浮游は絶対にそれを使わない、と見越して贈った⋯御守りがわりのそれを。使う決心をしたのだ。

それは⋯邪を抱える者には猛毒になり、良心を持つ者には強力な滋養になる。相柳の血と、霊力とを配合した⋯彼らしい餞別だった。例え邪心を持った浮游が飲んだとしても、相柳のそれに免疫がある彼に効くことはない。でも⋯昔そうしたように、毒を以て毒を制す、つまり―⋯警告として微弱な毒で苦しませる。そんな戒めとしては十分であった。けれど⋯彼に飲む理由がない。聡明な相柳はそれを見越して⋯御守りがわりとなるよう、用意したのだ。
万が一、万が一⋯他者に与えたとすれば。それは浮游の心が壊れた時。その時には、相柳の血が自ら相手を審判し―⋯罰を与えるのみ。

けれど言葉足らずな相柳は、そんな思惑など伝えている訳もなく⋯「本当に苦しくなった時に使え」と1言で済ませていた。
陸吾は⋯彼がいつも使っていた、少しばかりの毒であろうと⋯思っていた。それならば自分が飲んでも、相柳の血が体を駆け巡って⋯心に何か訴えかけてくる、そんな方法で寄り添うつもりなのだろう、と。

少しだけ、あの者に罰を下してやろうと⋯思ったのだ。

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