一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 あのぶっきらぼうな岡田が?
 人に失礼なことばかり言う無神経男が?
 始めは目線さえ合わせなかったあの男が?
 

「想像できない!」

「だよねぇ!」
 
 それに、なんでまた運転士に転職したのだろうか?
 
「じゃあ旅行業界のプロなんですね」
 
「だから、たまに偉そうに説教するのよ!」
 
 鼻の穴を膨らませて言った蛯原さんが、急にソワソワし始めた。
 
「どうしたんですか? キョロキョロして」

「あ、うん。三宅くんが早めに温泉に行くって言ってたから」
 
 まるで少女のように頬を染める。
 
「会いたいの?」
 
「だって、このツアーも明日で終わりなのよ? 夜はもう、今夜で終わりなのよ?」
 
 二泊三日だから、それはそうだ。
 
「何を期待してるんですか?」
 
 お客様との色恋沙汰は、本当に面倒くさいのに。
 
「まだ客に女扱いされる桑崎さんにはわからないかもしれないけど、この歳になったら、ビビッと来た出会いには自ら積極的にならないと失っていくばかりなの!」
 
「……ビビッと、ねぇ」
 
 久しぶりに聞いたし、分からなくもないけど。
 
「若い子は、きっと素っぴんの大人の女に弱いと思うのよ、特に浴衣姿の」
 
 蛯原さんは、自信ありげに露出した、うなじを指差した。
 
「そういうものなんですか?」
 
「ということで、あなたは仕事頑張ってね。くれぐれも私の邪魔しないでよ?」
 
 変な念を押されて、蛯原さんとは別行動へ。
 
 そう。
 私は、寝るまで仕事なんだ。
 
 お客様が、良い明日を迎えるために。




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