一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 当時は、久しぶりの恋に夢中になった。
 
 旅の夜、散歩に誘われたっけ。
 顔を見るだけでドキドキして、手が触れるだけで、あったかくなった。
 
 唇を重ねただけで頭の中が真っ白になって、抱き締められただけで溶けそうなった――
 
 ″旅が終わってからも、二人で会いたい ″

 客と添乗員から、恋人へ。
 転がるように関係は深くなった。

 ……もう、あんな恋をすることはない。
 
 それなのに、まだ身体は覚えてる。
 
 ″あの人 ″の隅々を、感触を。
 想い出は残酷なほど綺麗だ。


 「……いかんいかん」
 
 
 感傷に浸る暇はない。
 32歳。
 私の恋愛適齢期は、もう終わったんだから。
 
 
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