一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 当時、仕事で関西に行っていた私は、父の死ぬ目には会えなかった。
 
 後悔と、仕方なかったという想いが交差していたあの頃を思い出す。
 
「救急車、あと五分で到着するって」
 
 意識が当時にタイムスリップしたみたいに、動悸が止まない。
 
 騒然とするお客様やホテルの従業員達の声が、まるで遠くから聞こえているようだった。




「心臓が悪いみたいです。ニトログリセリンをお持ちになってました」
 
 到着した救急隊員に、赤石さんの症状を説明した。
 
 後の仕切りを蛯原さんにお願いして、私は救急車に同乗することに。
 
 顧客情報を見ても、独り暮らしの赤石さんに、急病の連絡をする人はいなかった。
 
 私は、今にも息絶えそうな赤石さんの手を握りながらも、自身の止まらない震えに情けなさを感じていた。
 
 普段は忘れているのに、 どうしても父の事を思い出してしまうのだ。


 
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