一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 予定通り、お昼前に曽木の滝公園に到着した。
 
「こちらに昇るとよく見えますよ」
 
 滝を観るために、ガイドの蛯原が客達を誘導。
 散策の時間になると、添乗員と運転士は少しばかり休憩を取れる。
 
「……疲れたな……」
 
 何年かやってると運転には慣れてくるが、やっぱり長さも高さもあるバスの運行は神経を遣う。
 
 今では、乗ってるだけで現地に着く添乗員が、逆に羨ましく思えてくる。
 
 つくづく勝手だ、人間って。
 
 俺は、カラカラの喉を潤す為にミネラルウォーターを買って敷地内を歩いていた。
 
 桜……やっぱり散ってるな。
 
 高台になってる所はまだ残ってはいるが。
 
 花吹雪につられるように歩いていくと、そこには先客がいた。
 
 桑崎紫都だ。

 桜を見上げて、舞い散る花びらの中でどうやら考え事をしているようだ。
 
 小柄で華奢な体、特徴のない顔立ち。
 けして高そうには見えない黒のパンツスーツ。
 
 どこをとっても色気一つないのに。
 
 スキー場では、女子が全部可愛く見えるのと同じように、花吹雪の中では、どんな女も艶っぽく見えるのかもしれない。
 
 一瞬、桑崎紫都が綺麗に見えた。
 
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