一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
「いいですよ、つり橋に行きますか?」
 
 俺も、もう少し歩きたかったから。
 が、赤石婆さんは首を横に振った。
 
「私、一見、こんなに元気だけれど、心臓に爆弾持ってるから、つり橋は無理なのよ」
 
「……そう」
 
 婆さんを撮りながら、何となく切なくなった。

 
「大淀川を本流とする庄内川上流に位置して、幅40m、高さ18mにも及び、″日本の滝100選 ″にも選ばれてい ます」
 
 しゃがれた蛯原の声がこちらまで聞こえてきた。
 蛯原も、さっさと結婚しないと、あっという間にボッチの老後がくるのにな。
 …… 余計なお世話か。

 
「運転士さん、あんたもいい年だろう? 嫁さんはいないみたいだけど。ほら、あの子なんてちょうどお似合いじゃないかい? 」
 
 赤石婆さんが、南部観光バスのツアー団体の最後尾を指差した。

「あの子?」
 
  桑崎か?
 
「一緒に仕事してたら情も湧くだろうし」
 
  けっ。
 
「俺は、あんな雪山で遭難しかけたような、やつれた女はタイプじゃない」
 
 俺が大袈裟にノーサンキューの手振りをすると、赤石婆さんは、ん? と顔をしかめた。
 
「蛯原さんは、もっと生命力強いたとえをしていいと思うがね、年上女房ってのはいいみたいだよ?」
 
「蛯……」
 
  あっちかよ。
  赤面する俺に、

「ほら、お礼。眠気覚ましにどうぞ」
 
 赤石婆さんは赤唐辛子味のガムをくれた。
 ブラックタイプのミンティアなら持っていたが、受け取った。
 
 後に、こんな強力なガムを食べる事になるとは思ってなかったが。





 
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