一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
 俺はいいんだ。
 確かにリストラされて挫折したし、離婚もした。人にバカにされる負け組に入るのかもしれない。

 だけど、桑崎は違う。
 そんなに器用じゃないけど、派遣ながらも一生懸命仕事してる、……と思う。
 
「雇用形態で態度を変えるなんてクソだな」
 
 元同期の姿は過去の俺みたいで、余計に腹が立った。

「僕は独立してフリーになった者ですが、そのスタイルを軽視される理由はなんですか?」
 
 正義感たっぷりの三宅まで登場し、元同期との正面衝突は避けられたのだが……。

「添乗員さん! 大変!」
 
 また、新たなトラブルが発生。
 昼間、あんなに元気だった赤石婆さんが倒れたと他の客が教えにきた。
 
 駆け寄ると、騒然とする中で赤石婆さんはお守り袋を握りしめて喘いでいた。

「どこが苦しいんですか?」
 
 桑崎は、いつものように冷静に落ち着いて対応しているかのように見えたけれど、
 
「もう少しの辛抱ですからね」
 
 赤石婆さんの背中をさする手が震えているように見えた。
 
 こいつらしくないな。
 客の急病なんて初めてじゃなかろうに。
 顔色も悪いし、何かトラウマか?
 気になりながらも、到着した救急車への同乗を桑崎に任せた。

「桑崎さん! 赤石さんの荷物と貴重品! 念のため!」
 
 蛯原が部屋から持ってきた荷物が、赤石婆さんが戻れない事を物語っているようで、それを暗い顔で桑崎が受け取る。

 心配、だと思った。
 赤石婆さんだけじゃなくて。


 
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