一夜だけの恋も、重い愛もいりません。〜添乗員しづの恋
「な、なに?」

 握られた指から、マリッジリングの冷たさだけが伝わってきた。
 振り払う事が出来ないくらい、強い力だった。
 
「あと30分くらいあるから、そこの特別室で話そうか、ここ、落ち着かない」
 
 美隆が、船内の前方にあるプレミア室を見た。
 
「待って、私、仕事中なの。ツアーのお客様もいるのに無理………」
 
 それに、今さらこの人と話す事なんてない。
 
「ちゃんと個人で金払うんだから、別に構わないだろ、デッキに立っているのと何ら変わりはない」

「そういう問題じゃなくて………」
 
「完全に隔離されてるわけじゃないんだから、変な事はしないよ。久しぶりなんだから、ゆっくり話そう」
 
 完全な隔離ではないからこそ、他のお客様も利用してるかもしれないし、一般席からはブラインド越しにうっすらと中の様子が分かる。
 だから、余計に人目が気になるんじゃないの。
 
 美隆は、船内の従業員に声をかけて、二人分の特別室利用料を支払った。


 
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