身代わり令嬢の、おしごと。
昼のカフェは、戦場みたいだった。


注文が重なり、エスプレッソマシンが鳴り続ける。
花はトレイを持って店内を走り回り、笑顔を作って「ありがとうございます」を繰り返した。

忙しいほうが、考えなくて済む。
借金のことも、兄のことも。

「花ちゃん、休憩入って」

社員の声にうなずき、エプロンを外す。
裏口を出ると、少し冷たい風が頬を撫でた。

ベンチに腰を下ろし、自販機の缶コーヒーを開ける。
一口飲んだ瞬間、ようやく肩の力が抜けた。

そのときだった。

――見られている。

理由はわからない。
でも、はっきりと感じた。

花は顔を上げ、視線の先を見る。
数メートル先に、ひとりの女性が立っていた。
黒髪。整った顔立ち。上品なワンピース。

そして。

「……え?」

思わず、声が漏れる。

その女性は、花と同じ顔をしていた。
髪型も、化粧も違うのに。
目の形も、輪郭も、驚くほど似ている。
女性はゆっくりと近づいてくる。
高いヒールの音が、やけに大きく聞こえた。

「やっと見つけたわ」

柔らかな声。
それなのに、逃げ場のない言葉。
花は立ち上がることもできず、ただその場で固まっていた。

「……誰、ですか」

震える声でそう言うと、女性は微笑んだ。

まるで、鏡の中の“もう一人の自分”みたいに。
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