ピリオド
「ヨーロッパもいいですね。心春さんと話し合ってみます。それでは」

そう言い、その場から離れるつもりだった。だけど僕の腕に恭子さんが抱き付いてくる。ゾワリと寒気が走った。

「……ねぇ、椿さん。一緒にヨーロッパ行きません?拓也は仕事が忙しいみたいで構ってくれなくて」

上目遣いで僕を見上げてくる。突き飛ばしたい。だけど、恭子さんが履いているのはヒールのある靴だ。突き飛ばしたら怪我をさせてしまう。

「恭子さん、やめてください!誤解を生みたくありません!」

自分でも驚くほど低い声が口から出た。恭子さんはニコニコしたまま手を離す。

「冗談ですよ〜」

「失礼します」

恭子さんに背を向けて歩く。緊張と冷や汗が止まらない。歩く足が自然と早くなる。

(心春ちゃんに会いたい)

仕事が終わるまで、ずっとそう思っていた。



家に帰る時、いつも以上に緊張を覚えた。でも心春ちゃんの顔が見たかった。

「ただいま戻りました」

そう言い、リビングへと入る。いい匂いがした。キッチンから心春さんが顔を見せる。

「おかえりなさいませ」

その顔に表情はない。でも胸の奥に愛おしさが込み上げてくる。

「心春さん、旅行に行きませんか?」

そう言った声は、昼間恭子さんに放ったものとは違って穏やかなものだった。
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