エリート弁護士の神崎くんは、初恋を拗らせている
 朱里は中学校では図書委員に入っていた。
 単純に本が好きなのと、校内でありながらどこか異空間のような、そんな図書室の雰囲気が好きだったからだ。

 カウンターに座る朱里の視界に、制服の気配が入った。
 顔を上げると、彼がいた。

 神崎朔也。

 無言で本を差し出す仕草は、相変わらずぶっきらぼうだった。

「貸し出し……ですね」

 朱里は手早くバーコードを読み取りながら、ちらりと表紙を見る。

 理系寄りの思考を感じるタイトル。内容も学術寄りだ。別に読書好きというより、何か目的があって読んでいるように見える。

「……これ、難しくない?」

 思わず声をかけた。

「別に」

 短く吐かれた声は低くて冷たい。けれど、怒っているわけじゃない。ただ、本気でどうでもいいと思っているような、そんな温度。

 朱里は少しだけ息を飲んだ。

「ごめん……」

 朔也は何も言わず、本を受け取ってそのまま踵を返す。
 それだけの動作なのに、空気がほんの少し引き締まる気がした。


 教室でも、廊下でも、彼はいつも一人だった。
 誰も近づかないし、彼も誰かを近づけない。
 けれど、勉強はできるし、先生にも反抗的ではない。ただ、群れないだけだ。

 多分、この人は何かを抱えてる。朱里はそんな風に感じていた。


 図書室のカウンターに座る午後。彼の背中を目で追いながら、自分でも説明のつかない気持ちが胸に沸き起こる。

 彼が話してくれる日が来るとしたら、それはどんな時だろう。
 そんなことを考えていた。
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