エリート弁護士の神崎くんは、初恋を拗らせている
 昼休みの教室はざわめいていた。
 机をくっつけて弁当を広げる女子たちの輪に、朱里も混じっている。
 笑い合いながらも、ふとした拍子に隣の席を見てしまう。そんな癖が、いつの間にかついていた。

 神崎朔也は、ひとり窓際で本を読んでいる。誰とも目を合わせず、ページをめくる音だけが静かに響く。
 朱里の視線がそっと向かう。
 けれど、彼は何も気づかないふりをして、顔を上げない。朱里も何事もなかったように弁当をつまむ。胸の奥で、心臓だけが少し早く打った。

 神崎が昼休みをひとりで過ごすのは、クラスではもう珍しくなかった。

「神崎、今日さ、購買のメロンパン余ってたぞ。行かね?」

 声をかけたのは、クラスのムードメーカー佐久間だった。

「……別に行かねえし」

 彼は視線も上げず、短く答える。

「だよなー。おまえ、菓子パン似合わねーもんな」
「うるせえ」

 眉間がわずかに動いただけで、それ以上は続かなかった。
 そこへ担任の山根が顔を出す。

「神崎、昼も勉強か? たまには誰かと飯食えよ」
「……だから、何ですか」
「最後の中学生活だぞ。友達作っとけって」
「必要ないです」
「あとで後悔──」
「“友達作れ”って、進路指導の一環ですか」

 朔也が顔を上げる。
 冷たい視線に、周囲の空気が一瞬止まった。

「先生って楽ですね。言うだけで“正しいこと”した気になれる」

 沈黙のあと、山根は小さく息を吐いた。

「……そうかもしれないな。でも、俺はお前が誰とも話さないまま卒業するのが、ちょっと寂しいだけだ」
「じゃあ、ほっといてください」

 それだけ言って、朔也は席を立ち、教室を出ていった。

「何あれ、こわ」
「朱里ちゃん、隣の席でしょ、大丈夫?」

 友人たちの声に、朱里は曖昧に笑う。

「うん……」
「神崎くん、母子家庭なんだって」
「だから荒れてんのかな」

 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。

「……ごめん。私、委員会あるから先行くね」

 お弁当を片付けて席を立つ。
 委員会なんて、ただの口実だった。あの空気の中に、これ以上いたくなかった。
 理由は、まだ分からないけれど。
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