after7は笑えない

「秋奈ぁ!あなたは天使?天使なの?!いいえ女神様だわ!女神No.1だわ!」


実家の近くの喫茶店『ロンドン棟』。


昔からあるこの店は、『ロンドン塔』を間違えて、看板屋が『ロンドン棟』にしてしまったことから名付けられた。


その奥の席で、今私は、姉の成世菜津美(なつみ)(31)と対面している。姉は何度も目の前で両手を合わせ、私を崇《あが》めている。


3丁目の裏通りから、細い路地に入った日の当たらない場所。昔ながらの変な名前の喫茶店。赤い革製カバーの席。腰の曲がった年齢不詳の女性マスター。


いかにも、これから2時間サスペンスのような事件が起こりそうな要素が揃っている。のだが、もうすでに事件後だったりする。


「それよりも、ちゃんとあのバイオリン職人の男とは縁を切ったの?」

「切った切った!切りましたから!」

「軽率に軽い。」
 
「もう二度と関わらないようにスマホも拒否設定にしたから!」

「もしまたお姉ちゃんが男に騙されたら、私は姉妹の縁を切るからね?」

「その時は裁判起こすもん。姉妹の絆を永遠のものにしてやるんだから!」


私がキャバクラで働いていた理由はここにあった。


ショートヘアが似合う美女、姉は、美女でありながら好きな男に全てを注ぎ込む女なのである。


バイオリン職人を目指していた元彼は、その道の師に弟子入りするために、渡欧するお金が欲しいと姉に縋ったのだ。いいように言われるがまま、渡欧先の費用も姉が全て工面していたそう。


ついには“初めてのア◯ム”で借金まですることになり、払いきれなくなった姉が私に縋った、というわけだ。


その金額は約1000万円にのぼる。  


何においても1位で、何をやっても器用にこなしてきたあの姉が、男にだけはどうしても金銭面で貢いでしまうのだ。


しかも、ハマる男は皆お金に汚い男ばかり。バイオリン職人=カントリーロードの概念は覆された。


キャバクラでもなんでも姉が働いて稼げばいいのだが、こうみえて姉は公務員。キャバなんて副業は持っての他。


そのため代わりに私がてっとり早く、資金をキャバクラで調達していた、というわけだ。         


「それよりも秋奈、あんな金額どうやって稼いだの?」

「頑張って稼いだの。私は合法的なことでしか稼いでないから、安心して私に感謝して。」

「ありがとう、ありがとうございます秋奈様ぁ。必ず利子つけて返しますからあ」


極めつけに、お父さんとお母さんには内緒にして欲しいと頭を下げられた。


姉は中学の教師をやっている。誰も男に入れ込むような女だとは思わないし、優等生であるイメージは、いまだ父と母にとっては健在だ。


だから私が好きだった幼馴染の男の子も、決して姉がダメ男やクズ男に入れ込んでいるとは思っていないのだ。


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