妹に代わり泉に身を投げた私、湖底の街で愛を知る 〜虐げられた私が幸せを築くまで〜
「いきなり手を掴んだら危ないじゃん!」
「誰かとぶつかった方が危ないですよ」

 抗議してくるノアくんに、私は言葉を重ねる。彼自身も『廊下は走ってはいけない』ということは理解しているのだ。私に対して嫌がらせを仕掛けているだけで。
 言い返されると思っていなかったノアくんは、顔を真っ赤にして捲し立てた。

「なんでそんなに落ち着いてるんだよっ! 僕のこと、馬鹿にしてるの?!」
「馬鹿になどしていませんよ」

 間髪入れず淡々と話す私は、ノアくんを煽っているつもりはない。けれども、彼からするとそのように聞こえてしまっているようだ。握りしめていた拳が震え始める。

「あんたは、何もかも分かってる顔してるけど、僕のこと……何も知らないくせに!」

 怒りが頂点に達したその表情は、次第に戸惑いの色を帯びていく。
 ノアくんは激しい剣幕で私を罵りながら、自分が涙をこぼしていることに気がついたようだ。慌てて自分の袖で目元を拭う。それでも潤んだ瞳は私を見据えていた。

「もういい! どうせ僕のことなんて――!」

 私の握っている手を離させようと、彼は思い切り自分の腕を引っ張った。けれども、思ったように彼の腕は抜けなかったのだろう、ノアくんは手を振り払おうと大きく上下に動かす。
 そんな彼の行動を私は左手で止めた。そしてノアくんの目をじっと見つめてから告げる。
 
「はい、仰る通り分かりません。ですから私に教えていただけませんか、あなたのことを」
 
 二人の間を一陣の風がすり抜けた。
 彼の涙に濡れた瞳が、驚きの色を帯びていく。
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