訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
すると、推しそっくりの相貌が、真剣さを帯びていく。
「やっぱり、まだ体調が悪いんじゃないのか?」
央輔は、先週ホテルで気絶した杏璃の体調を気遣ってくれているらしい。
先週も思ったが、央輔は医者であるせいか、病人を放ってはおけない性分のようだ。
口数も少ないし、無表情のせいか無愛想で、何を考えているかわからない。どこかつかみ所のない、冷たい印象を与える央輔だが……心根は優しい人なのかもしれない。
それを証明するかのように、央輔が謝罪の言葉を口にする。
「それなのに、配慮が足りず、申し訳ない」
だが、央輔が案じる必要はない。単に、杏璃の不注意が招いた結果である。
……のだが、まさか、央輔の長い脚に見蕩れていたとは、口が裂けても言えない。
言ったら最後、変態確定だ。
余裕はないが、それくらいの分別はある。
杏璃は、何とか誤解を解こうと顔を左右に振って声を絞り出す。
「ち、違います。も……もう、平気ですから」
「そうか……ならいいが」
声は震えたが、どうやら誤解は解けたようだ。
だが杏璃がほっと安堵する間もなく、央輔から意外な言葉が飛び出した。
「もしかして、俺が、その、氷のプリンスとやらに似ているせいか?」
(あっ! そういえば、ホテルでも訊かれたような気が……)
もしかしなくても、杏璃が夢中になっている推しについて、晴子から事細かに聞かされているに違いない。
推し一筋の杏璃は、許されるなら、全世界の人に向けて、推しがどれほど素晴らしいかを説いて布教したいくらいだ。
けれどそんなことはできない。できるわけがない。
気持ち悪いとドン引きされるだけだ。
推しがアイドルやアーティスト、俳優なら、また話は違ってくると思うが、杏璃の推しは実際には実在しない二次元の住人である。
多様性(ダイバーシティ)を重視する現代、推し活は広く認知されるまでになった。
アニメオタクに対する偏見も薄れているとはいえ、なくなったわけじゃない。受け付けない人だっている。
杏璃自身が実際に経験してきたことだ。
その時の事を思い出しただけで、気持ちがズンと沈んでしまう。
だからこそ、表向きには〝推し活〟ではなく〝ソロ活〟というていにしてきたのである。
それを知られたうえに、推しそっくりの相貌に意識しすぎた挙げ句、あらぬ妄想まで抱いて気絶してしまった。なんてことが知られてしまったらと想像しただけで……
(――恥ずかしすぎて死ぬ。もう、ヤダ。お嫁に行けない)
あまりの羞恥に、心中でそんなことを呟いていた。
だがそれらは、心の中だけには留まらなかったようである。
「嫁になる前に死なれては困るな。だが、羞恥で人は死なないから安心しろ」
央輔の声に、仰天した杏璃はガバッと顔を上げたところでフリーズする。
なぜなら、出会ってからこれまで一度も笑わなかった央輔が、ふっと柔和な微笑を湛えていたから。
央輔の微笑は、推しと出会った瞬間を思い出させた。
杏璃が心を奪われた、あの、氷のプリンスが愛するアイリスにだけ向けるはずの――
推しと出会った瞬間、杏璃はそれまで感じたことのない衝撃と胸の高鳴りを覚えた。
それは、心臓を鷲掴みにでもされたかのような。胸を弓矢にでも射止められたかのような。
胸が苦しいほどに締め付けられて、息をするのも忘れてしまうほどだった。
自分の身体なのに、思うように動くことさえできずにいた。頭の片隅で、死を覚悟したほどだ。
杏璃は、あの時と同じ感覚に陥っている。
頭がふわふわして胸の鼓動がトクトクと耳元でざわめくのを感じつつ微動だにできない。