訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
央輔の言うように、八月のドバイは日本の夏よりもかなり酷暑のようで、観光には適していないらしい。
といっても、夏休みを利用して訪れる人も結構いるらしく、観光名所は世界各国から訪れた観光客や地元のカップルらで賑わっていた。日本人の姿もちらほらと見受けられる。
央輔は念のためにと眼鏡をかけているが、正解だったようだ。
夕方になっても外気温は高く、ホテルからタクシーに乗って、人気観光スポットである、ブルジュ・ハリファへと到着した。
〝世界一高いビル〟の称号を持つ展望台から望むドバイの街並みとアラビア湾の眺望はさぞかし絶景に違いない。
飛行機が到着したのはまだ朝日が昇る前だったので、上空からドバイを眺めることはできなかった。なので楽しみでしかたない。
けれど、まだ日没まで時間があったので先ずはドバイモール一階にある水族館へと向かった。
そうして現在、一階に到着した杏璃は央輔と共に水族館のトンネルを通っているところだ。
つい今しがたまで、タクシーの後部座席で央輔と肩を寄せ合い、手を繋いでいると思うと意識しすぎて、話を振られても一言二言返すのがやっとで、視線を合わせることすらできずに俯いてばかり。
だというのに、眼前に現れたトンネル状の巨大な水槽の中を、大小様々な魚の群れが優雅に泳ぐ様に目を奪われた杏璃は、すっかりはしゃいでいた。
「わぁ、すご~い! いろんな魚たちに囲まれて、本当に海の底を歩いてるみたい」
「ああ。世界最大の吊り下げ式水族館だけあって、スケールが違うな」
「へぇ、世界最大なんだぁ」
あんまり楽しくて、央輔とのおしゃべりに夢中になり、時折手を繋いでいる央輔の手を引き寄せ微笑みあう。
子どものように無邪気な笑顔と明るい声を弾ませる杏璃のことを大層愛おしそうに、眇めた瞳で央輔が見つめている。
その様は、本物の新婚夫婦のよう。
しかし、おしゃべりに夢中だった杏璃はまるで気づいてなどいない。
異国だという開放感も相まって、杏璃は央輔との楽しいおしゃべりに花を咲かせ続ける。
「ギネスに登録されてるらしいぞ」
「ギネスにも? 凄い! ショッピングセンターの中に、世界最大の水族館を造っちゃうなんて。ドバイって、なにから何まで日本とは次元が違いますね~!」
「ははっ、そうだな」
出会った頃は、いつも無表情で感情など読み取れなかった央輔だが、毎週のように行動を共にするようになってくると、なんとなく機微にも気づけるようになってくる。
今では、央輔の口調や些細な表情の変化からおおよその感情が汲み取れるようになっていた。
それぐらい杏璃と央輔との距離は近づいている、ということだ。
けれど、杏璃は未だに自身の気持ちに確証が持てないでいた。
無理もない。仮に、確信したとしても、その想いは叶うことなどないのだから。
打ち消しても打ち消しても、何処からともなく浮上する不可解な感情に気づかないフリを決め込むことしかできないでいた。
「ふっ、杏璃といると飽きないな」
「え? それって、バカにしてます?」
「まぁな」
「もう、央輔さんてばひどい」
「そろそろ夕陽が見頃なんじゃないか?」
「あっ、そうですね。早く行かないと夕陽が沈んじゃう」
「そんなに慌てたら、人にぶつかるだろ。ほら」
おしゃべりに夢中だった杏璃は、央輔に手をグイッと引き寄せられ我に返った。途端に、央輔のことを意識し始めてしまう。
胸の鼓動が甘い音色を奏で繋いだ手や顔に熱が集まってくるのを感じ、なんとか平静を保とうと、心の中で悪態をつく。
(……いくら『新婚を装うため』とはいえ、ここはドバイなんだから、手を繋ぐ必要なんてないと思うんだけど……!)
館内の照明が控えめなことに安堵しつつも胸の高鳴りは落ち着くことなくざわめき続けている。
このドキドキが央輔に伝わりそうでどうにかしたいのに、どうすることもできない。呼吸まで浅くなり、胸が苦しくて堪らない。
『もうヤダ、離して!』
そう言って手を振り払うこともできたのに、喉元まで出かかった言葉は結局口にできず終いだった。
「……もう、子どもじゃないんですから、手なんか繋がなくても平気です」
「新婚だからに決まってるだろ。ほら、早くしないと見逃すぞ」
「あっ、もう」
央輔と一緒に過ごすようになってからこれまで、相変わらず心はそわそわしっぱなしで、落ち着かない。
今のように、言いかけて呑み込んだ言葉もますます増える一方で、なんだか喉になにかがつっかえているようでスッキリしない。
いつも気づけば、央輔のことばかり考えてしまっている。
といっても、これは恋愛とかそういう類いのものではない。
それもこれも、推しにそっくりな央輔がアーサー王子のように振る舞うせいで、頭の機能がバグを起こしているせいだ。
だったら、央輔のことを推しだと思い込めばいい。
そうしたら、何もかも解決するはずだ――
頭の片隅でそんな葛藤を繰り広げていた杏璃は、今夜が央輔との初夜だということなど、すっかり失念していたのだった。