訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
予想外な蜜夜
さすがは、世界一と謳われているだけのことはある。
展望台から望む異国情緒溢れる街並みの景色と夕陽が沈みゆく光景は、言葉に尽くせないほど素晴らしいものだ。
あたかも美しい絵画でも眺めているようで、言葉を失い感嘆の溜息をほうと零した。そんな杏璃に央輔が、中東を象徴する特徴的な建築物についての説明をしてくれた。
なんでも、この日のために下調べしてくれていたらしい。なんとも心憎い気遣いだ。だが、これ以上自分を惑わせてどうするつもりなのかと、思わずにはいられなかった杏璃である。
(……い、いけない。別のことに頭を切り替えなくちゃ)
このままではいけないと、央輔の説明に耳を傾けつつ下界に広がる街並みに意識を移した。奇抜なものからお洒落なものまでバラエティーに富んでいて、街全体が美術館のようだ。
異国情緒溢れるドバイの眺望と煌びやかな噴水ショーを楽しんだあとはホテルに戻り、ケバブやサローナ、ビリヤニなどなど、ドバイの人気料理の数々に舌鼓を打った。
そうして夜も更け、ジェットバスで旅の疲れを癒やした杏璃は、レジデンスのバルコニーで寛いでいるところだ。
椅子に腰かけ見上げた夜空には、宝石のような星がキラキラと瞬いている。
アラビアの宮殿を思わせるホテルをオアシスのようにプールが悠然と取り囲んでいる。その紺碧色の水面に映る黄金色の月が揺らめく様がなんともロマンティックだ。
あたかも、ファンタジーの世界にでも迷い込んでしまったかのよう。
甘いカクテルを優雅に味わいながら杏璃は至福のひとときに酔い痴れていた。
(眺めも最高だし、カクテルも甘くて美味しいし、とっても幸せ……!)
保育士である杏璃は、子どもの命を預かり成長を見守るだけでなく、付随する様々な業務を熟さなければならない。忙しい時期には仕事を持ち帰ったり、行事の準備に追われて残業が続いたりすることもある。
大変なこともあるが、やりがいを感じることも多い。なにより、保育士の仕事に誇りを持っている。
央輔もそれを理解してくれているので、結婚後も保育士を続けることになっている。
保育士としての業務を遂行するため、日頃から体調を整えている。身だしなみや生活環境にも気を配っているので、普段はお酒など滅多に口にしない。お酒があまり得意ではなかったし、呑みたいと思うようなこともなかった。
だが、ホテルの部屋に戻り央輔とふたりきりなのだと思うと、否が応でも意識してしまう。それをなんとか誤魔化そうと、カクテルを呑んでいる、というわけである。
案の定、まだ半分しか呑んでいないというのに、微酔いかげんだ。
頬をほんのりと薄桃色に染めた杏璃は、上機嫌で微睡んでしまっていた。
そこに、甘やかな優しい声音が杏璃の意識に溶けいるように染み入ってくる。
「杏璃、もう酔ったのか?」
「あ、央輔さん? 酔ってなんかないですよ~」
少々酔いは回っているが、酔いよりも眠気のほうが勝っている。
とろんと潤んだ瞳で上目遣いに央輔のことを見遣った杏璃は甘えるような声を放った。そして両手を広げて抱っこをせがむのだった。
ただベッドまで運んでほしかったのだ。もちろん、他意などまったくない。
「そんな甘ったるい声で抱っこをせがむなんて。酔ってないなら……誘ってるのか?」
ぼやけた視界の中で、央輔が何かを口にしているようだが、ぼんやりした意識では理解が及ばない。
「おう……すけ、さん……?」
ふにゃっと蕩けた顔で首を傾げ甘えた声で問い返す。
「……誘ったのは杏璃だからな」
小さく呟いた央輔は、杏璃の身体をひょいと抱き上げた。そうして杏璃をお姫様のように抱き上げたまま広いデジレンスの寝室へと足を進ませる。
杏璃は心地よい微睡みの中で、アーサー王子に姫抱きにされたアイリスにでもなった心持ちでいた。
ふわふわと夢心地だった杏璃は、天蓋付きの大きなベッドに降ろされた刹那、あたかも夢が覚めるかのように我に返り、大いに狼狽える。
なぜなら、エキゾチックな模様が描かれた広い天井をバックに、推しと同じ顔をした央輔に組み敷かれていたからだ。
「……えっと、これって……どういう状況ですか?」
「『どういう状況』って、初夜だからに決まってるだろ」
「あの、確認なんですが。〝初夜〟って、結婚して夫婦になったばかりの男女が子どもをもうけるために営む、あの、初夜のことですよね?」
「ああ。それ以外に何があると言うんだ?」
「いえ、その、それ以外にないんですけど……!」
「なら、夫婦なんだし、問題ないんじゃないか?」
(――いやいやいや、大ありです! だって、私たちは本物の夫婦じゃなくて、利害一致の〝ソロ活婚〟をしただけなんだから、初夜なんて必要ないと思うんですけど……!)
杏璃は心中で盛大なツッコミを繰り広げるも、おどおどしどおしだ。だというのに、央輔は匂い立つほどの大人の色香を振り撒きつつ、やけに熱っぽい眼差しで見下ろしてくる。
視線が交わった刹那、見目が整いすぎているせいか一見冷酷にも見える、央輔の冴え冴えとした切れ長の双眸が甘く眇められた。
(な、何だろう? この、狙った獲物を仕留めようとしているハンターのような目つきは……。女性には興味がないんじゃなかったの? も、もしかして、このまま食べられちゃうの?)
杏璃がバカな思考を巡らせている隙に、央輔はゆっくりじりじりと距離を詰めてくる。
あまりに現実とかけ離れているせいか、杏璃はその様をぼんやりと見つめることしかできない。
ぼんやりしているうち、気づけば央輔の薄い唇が杏璃のそれへと優しく重ねられていた。
こういう行為に不慣れな杏璃を気遣ってくれているのだろうか。
そうっと優しく杏璃の反応を窺うようにして、幾度も唇の表皮を撫でながら甘く啄み続ける。
何だか焦らされている気がして、もっともっとと強請りたくなるほどに、丁寧にゆっくりと唇に愛撫を施してゆく。
(――央輔さんと、こんなにエッチな大人のキスをしてるなんて、信じられない。夢みたい。それに何だか気持ちいい……)
初めてキスをされた時にも感じたが、ただ唇と唇とが触れあっているだけなのに、この上なく心地よくて。このままずっとこうしていたい、なんて思ってしまう。