訳あって、お見合いした推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
ふたりの気持ちはありがたいと思いつつも、下座で他人事のように涼やかな表情で眺めている杏璃に、危機感はまったくなかった。
――どうせ相手も、昔からの付き合いで仕方なくお見合いさせられるだけだろうし。そんなに心配しなくても、相手が断ってくれるに違いない。
(たかだかお見合いぐらいで、大袈裟なんだから。……お祖父ちゃんに叱られても知らないからね)
杏璃の予想が的中し、騒ぎを聞きつけた祖父・泰臣が姿を現した。
「海、空、『運び』も安定しない若輩者の分際で、師匠に意見するとは何事だ。そんなに元気があり余っとるなら、稽古をつけてあげるから、稽古場に来なさい」
決して声を荒らげず静かに放たれた低い声音だが、威厳と威圧感がある。
耳にした瞬間、ピンッと背筋が伸びる心地がする。
さすがは人間国宝。
もうすぐ齢七十を迎えようとしているとは思えないほど矍鑠としている。
先ほどまで威勢の良かった従兄ふたりが揃ってカッチーンと硬直し微動だにできずにいるほどだ。
ちなみに〝運び〟というのは、すり足で歩みを進める、基本とされる動作である。それだけに、体調や心の乱れが如実に表れてしまうらしい。
普段は温厚な晴臣も、稽古事になると話は別だ。
祖父同様、厳しい顔つきで淡々と言い放つ。
「海、空、そういうことだから、早く師匠に稽古をつけてもらいなさい」
そんな晴臣も未だに祖父には頭が上がらない。
芸事の世界は厳しいのである。
杏璃の縁談話を持ち込んだのは晴臣の姉であり、杏璃にとって伯母である晴子なのだが、相手が祖父の幼馴染みの孫であるので尚更だろう。
そういう事情から、晴臣夫妻もまた、杏璃にはまだ早いと思いつつも断れないでいるのだった。
杏璃もそれは重々承知している。
だからこそ、この縁談話からは逃れられないと諦めているのだ。
それでも、杏璃の気持ちを優先させようと、伯父夫婦が心を砕いて手を尽くそうとしてくれている。
「杏璃、海と空にはあーは言ったが、杏璃の気持ちが一番だと思っている。だから嫌なら……」
「ううん、大丈夫。向こうも付き合いで仕方なくだろうから、断ってくると思うの。だって相手は売れっ子俳優なんだし、心配しなくても、絶対相手にもされないから」
伯父夫婦と従兄の心配をよそに、杏璃はあっけらかんとしていた。
相手に断られる自信があったからでもあるし、家族に余計な心配をかけたくない、という思いがあるからこそだ。
それがまさか、この縁談話がきっかけとなり、まだまだ先のことだと思っていた〝結婚〟の二文字が現実のものになろうとは――