訳あって、推しに激似のクールな美容外科医と利害一致のソロ活婚をしたはずが溺愛婚になりました
「さあな、俺にもわからん」

 元推しにもわからないのか……と落胆しかけた杏璃の元に再び元推しの呟き声が届いた。

「だが、何かしらの意味があるのだろうな」

 しかし、杏璃はいまいちピンとこず、オウム返しするしかない。

「……何かしらの……意味?」

 すると王子は「ああ」と頷いてから、顎に手を添え思案しながら呟いた。

「アンリが今の推しと幸せになるために、かもしれないな」
「……央輔さんと幸せになるために……」

 元推しからの思いがけない言葉に驚きながらも口にしてみたものの、現実味がまるでない。

 無理もない、央輔は他者に恋愛感情を抱けないアロマンティックなのだから。

 それ以前に、これは杏璃の夢だ。自分に都合のいい内容になるのも納得である。

 ――ならば、夢の中でぐらい央輔との幸せを夢見たっていいではないか。

(そうだよね。だってこれは夢なんだから)

 夢に乗っかることに決めた杏璃は、王子に向き直った。

「なら、教えてください。央輔さんと幸せになるためにはどうしたらいいですか?」

 当然何かしらの答えが得られるものだと思っての行動だ。

「それぐらい自分で考えろ」
「えぇ!」

 だというのに、この返しはいただけない。肩透かしもいいところだ。

(これって私の夢なんだよね? なのにどうして?)

 腑に落ちなくて悶々としていると、口元に黒い笑みを湛えた王子がぽそりと呟きを落とした。

「ヒントならやってもいいぞ」

 何とも意地悪な物言いだ。

 以前の杏璃であれば、その声に聞き惚れ、その黒い笑みにさえも見蕩れていたに違いない。

 けれど、推し変した今の杏璃にとっての一番は央輔である。

 王子の態度に少しばかりムッとしつつも、央輔と幸せになるためならばと食い下がる。

「……お願いします。教えてください!」
「ひとつだけだぞ」
「……は、はい」

 もったいつけるように念押ししてきた王子に、思わずゴクリと喉を鳴らした杏璃は大きく頷いてみせた。

「央輔と向き合えばきっとうまくいく」
「……」

 王子からどんなヒントが得られるのかと、緊張さえ覚えていたのだ。なのに、もっともらしい口振りの王子から得られたのは、至極当たり前の言葉だった。

(しかも、「きっと」って……)

 杏璃が唖然とするのも当然だ。

 けれど、『確かにそうかもしれない』と妙に納得している自分もいる。

 このまま央輔と不毛な関係を続けるより、想いをぶつけて玉砕する方が幸せかもしれない。

 もしかしたら、それでも構わないって受け入れてくれる可能性だってゼロじゃない。

 他の女性には嫌悪感を抱くのに、杏璃にはそれがないと言っていた。

 杏璃の推し活にだっていやな顔ひとつせずに付き合ってくれている。

 杏璃の報酬のためだと言って、アーサー王子になりきって、子作りにも励んでくれて、溺愛モードにまでなってくれている。

 結婚して初夜を共にしたことで、情のようなものが芽生えているだけかもしれない。けれど……

 ――それでも、何もせずにウジウジ悩んでいるよりずっといい。

 夢とは言え、元推しの言葉で大事なことに気づけた杏璃は、何だか憑き物が落ちたように清々しい気持ちでいた。

 そこに不機嫌そうな王子から低い声音が届いた。

「不服そうだな」

 杏璃が反応を返さないのを王子の言葉に不満を抱いたからだと勘違いしたらしい。否、不服だったのは確かだが、今は違う。

「いえ。ヒントを授けてくださり、ありがとうございます。ウジウジ悩んでいても仕方ないので、素直に向き合ってスッキリさせますね」

 杏璃が誤解を解いて感謝の言葉と決意を伝えると、王子は満足そうに頷いて応えてくれる。

「そうか。なら健闘を祈っているからな」
「はい! ありがとうございます!」

 元推しからの心強い言葉をもらった杏璃が迷いなく元気な声を返したところで、今度こそ夢から目覚めたようだった。

「杏璃」

 央輔の優しい声に名前を呼ばれて杏璃が目を開けると、そこには今の推しである央輔の姿が待ち受けていた。

 車は既にマンションの地下駐車場へと辿り着いていた。どうやら杏璃は車の中で転た寝をしていたようだ。

(――やっぱりさっきのアレは夢だったんだ。今度こそ央輔さんだ……!)

 そう思うと、無性に央輔のことが愛おしくなってくる。

 気づいた時には、杏璃は央輔の広い胸に抱きついていた。
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